トモコパラドクス・54
『友子の夏休み 軽井沢・5』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休み。王さんの別荘に来ている。
軽井沢大橋に行ってみよう! 簡単に決まってしまった……。
軽井沢大橋とはご大層な名前で、巨大な橋を連想するが、湯川ダムから続く渓谷の上に渡された小ぶりなアーチ式の橋である。
これに(大)の字が付くのには理由がある。
いつのころからか、ここは自殺の名所になり、軽井沢の心霊スポットの一つになっているのだ。
地元の人間は、まず行かない。行くのはたいてい、夏の避暑にきた若者達である。そこを見越して友子は竹内興産のセガレグループに頼んだ。
「ねえ、軽井沢大橋に連れてってよ!」
セガレグループは、一瞬たじろいだが、リーダーの秀哉に目が集まると、秀哉は顔を青くしながらも作り笑顔で頷かざるを得なかった……。
国道176号線を右に折れて、三百メートルほど山道をいくと、それはあった。
橋の欄干の上には二メートルほどの鉄柵が付けられ、さらに、その上には三段の有刺鉄線が内向きに傾けて取り付けてあり、よほどの決心と実行へのエネルギーがないと乗り越えられないシロモノで、それだけのエネルギーがあれば、実行など思い立たないだろうという仕掛けになっている。
「街路灯が薄青いだろ……」
秀哉が、マイクロバスの運転をしながら呟いた。
「ほんとだ、普通白色か、オレンジ色だよね……」
純子が、さらに低い声で続ける。
「あの色はな、一番心が落ち着いて、自殺を思いとどまらせる効果がある……そうだぜ……」
秀哉の声は、落ちるとこまで落ちて、語尾はほとんど聞こえなくなった。
「じゃ、降りて見学しようか!」
「わ!!」
紀香が脳天気な大声を出すので、みんなびっくりし、各人各様の悲鳴をもらした。友子は、わざとだったし、テレビのスタッフたちは見上げたもので、表情一つ変えなかった。
バスを降りて、テレビスタッフ、結衣たちバニラエッセンスの三人に友子たち六人は徒歩で橋を渡り始めた。テレビのクルー達が九十メートル下の渓谷を写すが中継用のライトでは、谷底までは届かず、ただ上流のダムから流れてくる川の音を轟かせるだけであった。
橋を渡り終え……気配に振り返った。
すると、橋の中央当たりに、白いワンピースの女の人の姿が見えた!
友子には予想外だった。本番は、もう少しあとで出す予定であった。
「で、出たー!」
秀哉が叫ぶとセガレグループは、百メートルほども走って、姿が見えなくなった。
元幽霊の結衣まで怯えているのはおかしかった。
テレビクルーは震えながらも、しっかりと映像と音声を撮り続けている。時間にして数十秒、白いワンピース姿はフェードアウトしていった。
みんなは幽霊と思いこんでいるが、友子と紀香には分かった。
これは、場の空間が覚えている残像である。強い想いや事件があると、空間自体が網膜が強い光を残像として残すように記憶されてしまう。たまたま、ここの空間は、そういうものを残しやすい時空的な構造にになっていたのだ。思い詰めた人は、その残像を見て誘い込まれるようにして飛び込んでしまうのだ。結衣の元の水島クンのような本物の幽霊もいるが、ここは、どうやら時空の問題のようだった。
友子は紀香ともども義体の因果さを思った。
「男の子達がいない!?」
麻衣が気づいて騒ぎ出した。
友子は、紀香に目配せされ、仕方なく偶然を装って、セガレグループを捜した。四人は、ほとんどひとかたまりになって、林の中で震えていたが、秀哉の姿が見えない。
――この斜面の下、気づかない?――
紀香から思念が送られた。
――ケガはしていないわ。とりあえずパルスショックをおまけ付きで送っとく――
ギャ~~~!
どう聞いても男らしいとは言えない悲鳴を残して、秀哉が崖を駆け上がってきた。
「い、いま、白い服着た、お、お、女に、い、息吹きかけられた~~!」
秀哉は、短パンの前を濡らしたことも気づかずに叫んだ。で、これを契機に秀哉のご威光もかすみ始めていくのであった。
期せずして、友子は、地元のアクタレを更正させてしまった……。