トモコパラドクス・60
『友子の夏休み グータラ編・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休みも終盤、グータラを決め込む友子であった。
宿題なんか、あっと言う間に出来る友子だが、あえてグータラやってみることにした。
さすがに英数理の三教科は、グータラといっても、CPUが反応してしまい、並の高校生の百倍くらいの早さで終わってしまった。
問題は読書感想文である。
よくもまあ、これだけ傾向性の強い本を選んだなというショ-モナイ本のオンパレードであった。
野間宏『真空地帯』 小林多喜二『蟹工船』 大岡昇平『レイテ戦記』 徳永直『太陽のない街』と、プロレタリア文学が続いた後、石坂洋次郎『青い山脈』 太宰治『斜陽』『人間失格』 やっと、今風なもので、井上ひさし『父と暮らせば』である。
書こうと思えば、市民派をいまだに自認してはばからない国語の小林先生を感涙にムセバセるぐらいのチョウチン感想文などいくらでも書けるのだが、それでは面白くない。
友子自身、小林という先生を好きになれなかった。沖縄戦の生き残りである理事長先生のことを、「沖縄県人の犠牲の上で生き残った人も居るには居ますがね」と間接的に揶揄する。
友子は知っていた。理事長先生は、自決を決めてはばからない村長を殴り倒して手榴弾を箱ごと取り上げ、白旗を用意させ、英語で「民間人が大勢いる、彼らを助けてやってくれ!」と叫び、自分たち兵隊はガマの裏口から陽動のために駆け出した。
八人で駆け出した分隊は、岩陰まで来たときには四人に減っていた。そして、最上級者の曹長は肩に貫通銃創を負っていた。伍長であった理事長は、ここまでだと思った。
理事長は、取り巻く米兵たちに降伏を申し出た。曹長は拳銃を出した……仲間は伍長が撃たれると思った。曹長は自決しようとしたのである。戦死した小隊長から小隊を預かり、それも最後には、自分を含めて四人にまで減ってしまった。その責任をとろうとしたのである。負傷して力のない曹長の拳銃は他の仲間が取り上げ、四人は無事に捕虜になった。
それでも、理事長は、どこかで贖罪の意識があった。数十名の民間人は助けたが、他に大勢の罪もない県民が命を落とし、自分たちは助かった。
もし、あの時、曹長も戦死して、自分が最上級者になっていたら……曹長と同じことをしていたのではないかと。だから、自分が九十の歳を越えて生きていることに申し訳なさがあり、死ぬまで乃木坂学院の理事長を務めようと決心している。
だから、くちばしの黄色い小林のような先生が市民派を気取り、どのような本を課題図書にあげても一言も言わず、ただニコニコしている。それを思うと友子はムナクソが悪くなり、CPUで、資料を集積し、戦前の蟹工船に関わる資料を全て集めた。
結果は、予想していたが、蟹工船に関わる資料の多くが、その力仕事に見合うだけの賃金を払っていたことの証明になった。たしかに多喜二が書いたような事例も存在したが、多喜二が小説の中で書いたように、同じような反乱は起こらなかった。
友子の『蟹工船』の読書感想はA4で百枚を超えた。
改めて蟹工船を読み返すと、そこには搾取と被搾取の価値観しかなく、仕事への「やり甲斐」という観念が抜け落ちていることに思い至った。
「え、小林先生って、『資本論』でさえ剰余価値説(ほんの入り口)までしか読んでないんだ……」
「なに真面目に宿題なんかやってんのよ。うわあ、信じらんない。百枚もあるじゃん!」
気がつくと紀香が、人がましくお客さんとして、座っていた。
「グータラ、人間的に夏休みを過ごそうと思ったら、こうなっちゃったのよ」
友子は紀香のCPUにリンクしないで、アナログな人間の言語で喋ったので、一時間半ほど二人は言い合いし、時に爆笑し、リビングで聞いている父真一と、母である春奈は喜んだ。
「友子も、やれば年頃の女子高生らしくできるんじゃないか」
「そうね、ウフフ……」
もっとグータラに徹しなければと、心に誓う友子であった。