トモコパラドクス・59
『友子の夏休み グータラ編・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休み。王さんの別荘を引き上げて一波乱。
夏休みもとっくに後半。あとは、当たり前に女子高生をやってみようと思う友子であった。
というわけで、友子は、緊急アラームだけを残して、あとの機能を停止させた。つまり、ほとんど人間として生きてみることであり、義体であることをしばらく忘れようというわけである。
で、今日は父であり弟でもある一郎が広告代理店からもらってきた優待券で、家族三人で『風立ちぬ』を見に行くことにした。
「化粧品と飛行機の違いはあるけど、モノを作る情熱や、憧れという点ではいっしょだからな」
と、一郎。
「わたしは、死を覚悟の上のロマンスが楽しみ。ハンカチ三枚持って来ちゃった」
と、義母である春奈も少女のようである。
友子は、その気になれば映画館に行かなくても、作品全体を知ることなど朝飯前だが、一応家族である、一郎や春奈と同じ映画を映画館で観て共感したかった。
「お。中野さんじゃりませんか?」
隣の中野と一緒になってしまった。
「こりゃ、鈴木さん。ご家族で映画ですか?」
「ええ、忙しいもんで、映画に行くぐらいが精一杯ですわ」
「このご時世、忙しいのはなによりですよ。どうですか、また新聞お願いできませんか?」
と、中野は如才ない。
中野は、いわゆる団塊の世代で、数年前に高校の教師を退職してからは、K党の党員活動を生き甲斐にしているオッサンである。なぜか体を横向きにして列の中で三人分ほどのスペースを取っている。
「いやあ、アベノミクスの恩恵にまだあずかれませんでね、未だに、リーマンショックで、給料下げ止まったままなんです」
「それに、オタクの新聞、来月から値上げでしょ。まあ、夏の休日でも、仕事でもらったチケットで、映画観るのが精一杯ですから……」
春奈はニベもない。
「まあ、景気が戻りましたら、またよろしく」
「あら、今の政権じゃ、景気回復は見込めないというのが、党の見解じゃなかったですか、おじさん」
友子も遠慮がない。
「これ、友子、失礼じゃないか」
一郎がたしなめていると、二十代前半とおぼしき女の子が声を掛けてきた。
「中野先生、どうもお待たせしました。地下鉄一本乗り損ねたもので」
「いやいや、わたしも今来たところだから、さ、順番は取っておいたから、ここに並びなさい」
「いいんですか、わたしたちなら後ろ回りますけど」
「いやいや、最初から三人分確保しておいたし、そんなに混んでもいないから」
たしかに、七分ほどの人数だが、友子は少し不愉快だった。いつもなら、並んでいる人たちの心を読むのだが、今日は封印している。見回した感じでは迷惑顔な人はいなかったし、他にもポップコーンを買いにいったりして、「おまたせえ!」と、横から入ってくる人もいたので、まあいいかと思った。
映画は美しく、感動的だった。
命のはかなさ。しかし、はかないが故に、「生きめやも」と強く願う人間の可憐さ、愛おしさ。そして突き抜けるような空への憧れに満ちていた。
一郎は、鼻をかむフリをして。春奈は、堂々と三枚目のハンカチを涙でぬらしていた。
友子も、人間モードになっていたので、正直に感動した。限りある命、限りない夢のパラドクスが、愛おしく羨ましくも思えた。
「兵器を作る人間の葛藤が描かれとらん……」
気がつくと、前の席に女の子と並んだ中野のオッサンが、やや大きな声でぼやいていた……。