トモコパラドクス・63
『友子の倍返し!・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休みも終り、いよいよ始業式……と思ったら、もう日曜日。
「倍返しだからね!」という怖ろしげな紀香の電話がスマホにかかってきた。
「ち、仕方ねえなあ!」と、相手を先輩とも思わぬニクソイ返事をした。
もっとも紀香とは、学校で、第三者が居ない限り、友だち言葉で話すことにしている。公式には、紀香は未来からやってきた義体で、『友子の娘が極東戦争を起こす』という未来の予測のために監視していることになっている。しかし、それは今世紀の地球温暖化と同じく利権化した仮説……伝説で、紀香とは、監視する監視されるフリをして仲良くしている。
新学期といっても半日授業。退屈なので、『倍返しごっこ』を始めたのである。
明日の天気を予測して、百円かけるのだ。
両方が同じ予測で当たれば、何も無し。両方とも外れば互いに百円を払う(客観的には意味はないのだが、ゲームだから面白い) で、片方が外れば倍の二百円を払うことになっている。
ただし、予測について、互いのCPUは使ってはいけないことにしている。ネットに出ている天気図だけをもとに、あてっこするのである。ズルができないように、予測するときには、互いにリンクして、CPUを使っていないことを確認する。
で、二日目にして友子は、初めて予想を外してしまった。
「くそ、倍返ししてやりたいなあ!」
父であり、弟である一郎がため息混じりに大きな独り言を言った。母であり義妹である春奈は、今日はクラス会に行って留守である。
友子は、すぐに一郎の思いが飛び込んできて、そのアマチャンぶりに呆れた。
「そりゃ一郎、あんたが甘いのよ」
「なんだ、心読んだのか?」
「それだけハッキリ恨んじゃったら、読まなくってもわかってしまうわよ」
「だったら、どうして甘いなんて言うんだよ!」
「日本の感覚で、商談したり契約したりするからよ」
「でもなあ……」
中身は、こうである。C国から受け入れた熱心な研修者に、新製品のルージュの製法を盗まれたのである。おまけに、彼の勤務態度の良さに気をよくして派遣してきた子会社に十億円の融資をしたのであるが、この子会社が、計画倒産をしてしまい、十億の融資は焦げ付いてしまった。
おまけに、研究職の太田を引き抜かれてしまった。
太田は、この春に一郎たちと一緒に新製品のルージュを開発した後輩であるが、同じく研修生として引き受けていたベッピンさんのハニートラップにひっかかって、今朝、一番の飛行機でC国に渡ってしまったのである。まさか太田に限ってはと、一郎らしく甘く見ていた。
「まあ、尖ってないで、コーヒーでも飲みなよ」
友子は、外から見れば、特に隣の元高校教師の中野が薄いカーテン越しに見れば、娘が甲斐甲斐しく、父親にコーヒーを入れてやっているように見えているだろう。
「ウッ、姉ちゃん、このコーヒーしょっぱいよ!」
「あたしは、ただ、塩のカップを置いただけよ。ちょっと見ればすぐに分かるのに。やっぱ一郎は抜けてて、アマチャンだよ」
「まさか、姉ちゃんがするとは思わないだろ!?」
「ハハハ、尖らないの。お姉さまがが倍返ししてあげるから」
「ほ、ほんと!?」
隣の中野は、微笑ましい日曜の親子の団欒に見えると共に、友子にヨコシマナ心を燃え上がらせているが、それは、ドラマになるには、もう少し時間がかかる。
「お金の方は、証券会社が開いてからやるとして、とりあえず、太田さんを取り戻してくる」
そう言うと、友子は二階への階段を上がった。中野の死角に入るために……。
太田は、C国の彼女のことで頭がいっぱいであった。
「本社が、子会社に不動産投資をさせて焦げ付かせてしまって。このままじゃ、お父さんは、責任をとらされて、会社を首になるわ」
会社の給湯室で泣いていた彼女から、三日がかりで聞き出したのが、このお盆明け。少し迷いはあったが、今朝、決行してしまいC国S市行きの飛行機の中で、一人高揚していた。
「太田様、後ろのP席の窓ぎわのお客様が、ご用があるとおっしゃっておられますが」
キャビンアテンダントのオネーサンが優しく後部座席を指し示した。首を回して、そっちを見ると見慣れた彼女の頭が見えた。
「ありがとう!」
キャビンアテンダントのオネーサンが友子であることにも気づかずに、太田は後部座席に急いだ。
「もう、ほんとに日本の男ときたら!」
そう呟くと、スッと姿を消した。
「ありがとう、ボクと同じ飛行機に乗ってくれたんだね!」
彼女は、ゆっくりと窓から、太田に顔を向けた。
「お久しぶり、太田さん」
「!……君は、鈴木先輩のお嬢さん!?」
次の瞬間、目の前が真っ白になり、気が付いたら、同じ飛行機の同じシートに、友子といっしょに座っていた。
「友子ちゃんがどうして?」
「周りを見てごらんなさい」
「……あ!?」
それは同型機ではあるが、日本航空のS市発羽田行きの飛行機であった。
「とりあえず、あたしの家に来てもらおうかしら」
二時間後、太田は、友子といっしょに、友子の家のリビングに居た……。