トモコパラドクス・68
『ミズホクライシス・予兆』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……そのマッタリ生活に破綻の兆しが……。
退屈な授業が終わって大あくびすると、隣の麻衣の視線を感じた。
「ハハ、ノドチンコまで見えちゃった!」
「なによ、麻衣の視線感じたから……」
アクビと一緒に出た涙を手の甲で拭っている間も、麻衣は笑っている。
「大あくびの顔のまま、人の顔見ない方がいいよ。なけなしの可愛さが台無しよ」
「いつになく絡むわね、このコーラ女」
「ちょっと目ぇ覚まししに行かない?」
友子の返事も待たずに、麻衣は、教室を出て行った。
「まだ、三時間目の前だよ。コーラ飲むか普通?」
「友子も飲みなよ、目が覚めるから」
自販機のボタンを、拳で叩いたら、二個出てきた。
「あ、ラッキー! ほれ」
麻衣はコーラを、友子に投げて寄こした。
「よそで飲もう、人の目に付くから」
そう言って、校舎の階段に向かった。入れ違いに自販機の前を、生指の池波が通るのを感じた。乃木坂学院は、休み時間も自販機は動いているが、生指は、あまりいい顔はしない。特に、昼休みでもないのに教室に飲み物を持ち込むのは御法度である。
「あれ……」
「ドンマイ、ドンマイ」
いつもなら施錠されている屋上へのドアの鍵が開いていた。さすがに友子は警戒し始めた。しかし、屋上をスキップしながら給水塔の方へ行く麻衣は、まったくの麻衣で、脳天気さに変わりはなかった。
「プハー……ゲフ!」
いつも通り、顔に似合わない大きなゲップをする麻衣に、友子は苦笑い……で、気が付いた。ゲップの中に義体にしか分からない、暗号が含まれていたのである。
――お母さん、またヤツラが動き出した。気を付けて――
「瑞穂……」
「ゲフ――学校にスパイがいる――」
友子も、コーラをあおった。
「ゲフ――麻衣はどうしちゃったのよ?――」
「ゲフ――五十分だけ、トイレで眠ってもらった。次の時間には帰すわ――」
「ゲフ――情報をちょうだい――」
麻衣に化けた瑞穂は、残りのコ-ラを一気飲みした。
「プハー……ゲフ、ゲフ!――圧縮して送った――」
「ありがとう、コーラも、たまにはおいしいわね」
「だめでしょ、女の子が下品にゲップばかりして。屋上の使用も禁止のはずよ」
見知らぬ女生徒が立っていた。瞬時に友子は、全生徒の資料を検索したが、こんな女生徒はいない。
でも、義体特有のオーラもノイズも感じなかった。全身をスキャンしても、生身の人間である。虫歯の治療痕、二日目の便秘さえも読み取れた。
「気を付けて、こいつは新型の義体。あたしも、そうだけど……」
そう言ったとき、瑞穂はもう、自分本来の顔に戻っていた。横顔が自分に似ている。そう思ったとき、破壊の兆しを感じて、跳躍して給水塔の上に瑞穂と共にへばりついた。校舎内や、グランドから見られないためである。
「ここじゃ戦えない。ワープ……!」
ワープした瞬間、なにかに弾かれて、屋上に叩き戻された。
「この空間は閉じてあるの、ワープはできないわよ」
また、破壊の兆し。
友子は母子で跳躍し、屋上のコンクリートにジャンプの姿勢のまま降り立った。
「おかしい、今の衝撃なら、給水塔は破壊されているはず!」
「新型のパルス砲、義体にだけ効果があるの」
「分子変換は……」
「効かないわよ、ちゃんとバリアーを張ってある」
女生徒の義体がニクソク言う。
三十秒ほど屋上で、友子と瑞穂は逃げ回った。パターンを読まれないように、乱数ムーブにしたが、それでも読まれたようだ、二発ほどパルスがかすめていき、制服はズタボロ、髪はチリチリになってしまった。瑞穂も派手に動き、パルス砲を放ったが、バリアーに阻まれて、まるで効果がない。
――お母さん、この乱数を使って!――
瑞穂から送られた乱数で跳躍したが、やはり読まれている。三発目がかすめていき、ブラのストラップを吹き飛ばした。
――瑞穂、あなたの乱数も読んじゃった。あたしは第五世代の義体だからね――
ドーン……!
いきなり、女生徒の義体が、血しぶきと肉片、特殊金属のパーツをまき散らして爆発した。同時に、学校近くの空で、カラスが落ちていくのが分かった。
「危ないとこだったね」
左腕の肘から先が無くなった紀香が、屋上に跳躍してきた。
「今の、紀香が?」
「うん……」
「左手の先をミサイル代わりにしたんですね……でも、どうやって?」
「あたしはカラスを狙ったのさ。カラスとこいつが同軸で重なったところで、発射。こいつにはロックオンできないからね」
「ちょっと危ない秋になりそうね」
「感想言ってる前に、そのナリなんとかしなよ。もう千切れ掛けのパンツ一枚だぜ」
「紀香の片腕もね」
「それと、この義体の始末もね」
「こいつ臭いね」
「八割、人間と同じ生体組織だから」
友子は、義体の残骸を分子分解し、そこから制服と、紀香の左手を、間に合わせに合成した。
「この左手、動かないよ」
「とりあえずのダミー。組成が違うんで、完全に同じものはね。昼休みにでも、診てあげる」
「たのむよ。これじゃ、ご飯もたべられやしない」
学校の前の道路でノビていたカラスは、やっと脳震とうが治って「アホー」と一声鳴いて飛んでいった。
危険な秋を感じさせる風が三人の頬を撫でていった……。