大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルベスト『ギンガムチェック』

2018-11-12 15:29:01 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
ギンガムチェック


 碧(みどり)が病室に入ってきたのは、中尾たち重役三人組と入れ違いだった。

「なにか、忘れもんか……!?」
「ん?」
 その声で碧と分かって、丈二は新聞を読むフリをして、不機嫌な語尾を飲み込んだ。
「ジイチャン、まだ、中尾さんたち叱ったの?」
「叱りゃせんよ。ただ、機嫌が悪いだけだ」
「中尾さん、汗拭いてたわよ。こんなに冷房効いてんのに」
「あいつら、オレが死にそうかどうか見に来ただけだ」
「言い過ぎよ。会社の運命はジイチャンにかかってるんだから……お花、新しいのに替えてくるわね」
「お。碧……」
 そう言いかけたときには、碧はポニーテールをひらめかせ、花瓶を持って病室を出て行ってしまった。
 丈二は器用に左手の小指で右耳を掻きながら、孫娘の碧が、赤いギンガムチェックの半袖を着ていることに初めて気が付いた。

 唐突に半世紀前のミリーの姿が浮かんで、丈二はうろたえた。
 カンサスの麦畑の向こうで、ミリーは手を振っていた。千切れんばかりに……。

「どうして、そんなオールドファッションなナリしてんだ」
「あら、流行ってんのよギンガムチェック」
 花を生け直した碧は、バッグからタブレットを出した。
「ほら、これ」
 タブレットで、ギンガムチェックのお揃いで、十人ほどの女の子のユニットが唄って踊っていた。
「歌は分からんが、この子たちのナリは、オールディーズだな」
「うん。わたし、その辺からやり直そうって思ってんだ」
「よせよ、いくら行き詰まったからって、こんなチャラチャラしたポップスはないだろう。碧の答ってのは、こんなに軽いもんだったのか」
「違うよ、オールディーズからやり直してみようって思ってるんだ。ヒントはジイチャンなんだよ。ジイチャン、よくアメリカのオールディーズとかジャズとか聞いてんじゃん」

 碧は、中学のころから、バンドを組んで、ポップスにはまってきた。高校に入って百人ほどもいる軽音部の中でもピカイチで、軽音の全国大会で優勝したこともある。この春には大学生になったが、そのころから仲間たちとポップスの方向性でぶつかるようになり、自然に独りぼっちになってしまった。
 で、この夏は、心機一転出直そうと……並の人間なら北海道か、海外に出かけるところだが、碧は違っていた。
「そんな身軽な格好で、十日間もどこに行くの?」

 母の小馬鹿にしたような言葉に、つい口から出てしまったのが、「奈良」であった。

 祖父ゆずり、がんこな碧は、その足で本当に奈良へ行ってしまった。汗を垂らしながら平城旧跡で一日ボサっとしたり、若草山のてっぺんでアイスクリームを舐めたり。
 三日目で着るものが無くなった。ホテルのランドリーに出すこともせずに、その都度捨てた。下着はともかく、上に着るものも現地調達することにした。そこで、偶然出会い、気に入ったものが自分のものだと、思いこむことにした。
 奈良町を歩いていると、細い路地に迷い込み、町屋作りの構えは昔のままにした古着屋に出会い、そこでギンガムチェックの古着に出くわした。丈の短いサブリナパンツと合わせて買った。
 オールドファッションであることは分かったが、それを超えた懐かしさがあった。気に入ったので、もう二三着買おうと思って、その店を探したのだが、半日歩いても見つからなかった。
 そして、その新しいお気に入りのギンガムチェックで薬師寺に行った。国宝の東塔は改修中だったが、西塔を見てビビっときた。
――塔全体がリズムを持っている。一見不規則そうな塔の屋根が、とても小気味良いバランスとリズムをもっている。
――フロ-ズン・ムズィーク……高校で習ったブルーノ・タウトの言葉が蘇ってきた。
 碧は、奈良に来て、ポップスをやるなら、いっそ原点である、アメリカン・オールディーズからやり直してみようと思い定めた。

 丈二は、重役達が見舞いにもってきたメロンにかぶりつきながら、向日葵のように喋る碧を可愛く思った。
「ジイチャン。そいで、勝手にジイチャンのコレクション、コピ-させてもらったよ」
 碧は、タブレットを開いた。
「おお、こんなに……で、オレに見えやすいようにスマホじゃなく、タブレットにしたのか」
「ううん。スマホのチマチマした画面ウザイから、これにしてんの」
「お。コニー・フランシスじゃないか。『VACATION』だな……ん、なんでこの写真が!?」
「ふふ、やっぱ、ワケありなんだ。レコードのジャケットの中に入ってたよ」

 その写真は、色も褪せていたが、それでも赤と知れるギンガムチェックのシャツをラフに着たミリーが写っていた。


 ミリーは泣いていた。

「どうして、どうして、ここに居てくれないの。こんなに、こんなにジョージのことが好きなのに、愛しているのに!?」
 ミリーを後ろからハグして、ミリーのママが言った。
「ジョ-ジ、お願い。ミリーの願いを聞いてやってちょうだい」
「そうだよ。オレは日本人は好きにはなれないが、ジョージは別だ。街のクソガキどものチキンレースにものらなかったし、そのことで悪態をつかれても、ジョ-ジは平気な顔でいた。ミリーが虐められたときも……」
 パパが、目頭を押さえて、カウチに座り込んだ。
「そうよ、あれで不良たちをみんなノシてしまったけど、ジョージは誰も傷つけなかった」
「オレなら、二三人はぶち殺していただろう」
「で、あなたも死んでいたわ」
「はは、そうだな。あの忍耐力と誇りの持ち方は、並の男じゃできないよ」
「でも、ジョ-ジは、右の小指を無くしてしまったのよ」
「無くしちゃいないよ、ほら、ちゃんと付いている。ただ一時的にマヒしているだけさ」
 丈二は、明るく笑って、包帯で巻いた小指を見せた。
「わたし、知ってる。ジェンキンス先生が言ってた、いずれ、その小指は切らなくちゃならないって……」
「ほんと、ミリー!?」
 一瞬気まずい空気が流れた。
「……はは、どうってことないですよ。少し耳くそがほじりにくくなるぐらいのことです」
「オレは……わたしは、ジョージ、君をミリーの婿にして、わたしの農場を任せたいんだ」
「それは、オーウェンズさん……」
 ミリーが、埋めたママの胸から顔を起こしてさえぎった。
「問題は、ジョ-ジが、わたしを愛してくれているかどうか、それだけよ……」

 カンサスの麦畑の向こうで、ミリーは手を振っていた。千切れんばかりに……。
 丈二の閉じた目から、涙がこぼれた。

「ジイチャン、また悪い夢でも見た?」

 孫娘の顔が覗き込んできた。
「……あ、ミドリ」
 名前こそいっしょであったが、MIDORIと書く。髪もブルネットではあるが、目はブルーである。
「バアチャンが、やっと話してくれたわ。バアチャン、無免許で車に乗って次の駅まで、ジイチャンのこと追いかけたのよね。『ジョ-ジ、カムバック!』て、叫びながら。
 病室の隅っこで、すっかり老け込んだミリーが笑っている。
「どう、ジョージ。クローゼットの奥から出してきたの、思い出のギンガムチェック」
「ミドリ、すまない、しばらくバアサンと二人にしてくれないか」
「うん、いいわよ。だけど三十分ね。バアチャンもドクターストップかかりそうだから」

 丈二は、老いたミリーの顔を両手で挟んで慈しんだ。

「ミリー、今まで、苦労かけたな……」
「いいえ、楽しかった。わたしたちの人生、わたしたちが選んだ人生なんだもの」
「あの時は驚いたよ、次の駅に着いたら、ホームにミリーがいるんだもんな」
「神さまが助けてくださったのよ、ポイントの故障で、列車の出発が遅れたから」
「……そうだったのか……そうだったんだよな」
 そして、丈二は眠りに落ちた。ほんの少し、まばたきするぐらいの間……。


 そして、霞が晴れるようにして目が覚めると、目の前には碧の顔があった。
「こんな近くに顔寄せるの、幼稚園以来ね」
「オレ、何か言ったか……?」
「ミリーって……この、写真の女の子?」
「あ、いや……」
「はは、ジイチャン、顔が赤い。これなら、退院も近いわね」
「年寄りをからかうもんじゃない……ん、この仏さんの写真はなんだい?」
「あ、それ、法隆寺の夢違観音さま」
「夢違……?」
「うん、夢を取り替えっこしてくれるの。病院じゃ退屈だろうから、楽しい夢でも観られるようにね」

――そうだ……あの時、ポイントの故障なんか、起こらなかった。オレは未練にも前の駅の方を見ていた……砂埃をあげて、車が走ってくるのが見えた……。

[George com bac……!]

 そんな声が聞こえたような気がした。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・55『友子の夏休み 軽井沢・6』

2018-11-12 07:21:01 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・55 
『友子の夏休み 軽井沢・6』
     

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……いよいよ夏休み。王さんの別荘に来ている。


 友子は、休ませていた機能を一発で稼動させ、ベッドから起きあがるとリビングへ向かい残留思念と向き合った。

 これを普通にいうと、ただならぬ気配に目が覚めた友子は、月明かりだけが差し込むリビングで、幽霊に会ってしまった……ということになる。
 並の女子高生なら、悲鳴をあげて卒倒しているところだろう。

 しかし、友子は義体の感覚で、それを見ているので、悲鳴を上げることもなく、卒倒することもなかった。

『やはり、君は、ただの女の子じゃないね』

 これには、少し驚いた。残留思念とは空間や、場の記憶であり、それが現実の存在に声を掛ける事などあり得ないからである。万平ホテルのジョンレノンや、軽井沢大橋の幽霊などが、そうである。

 だが、この孫文に似たオジサンの残留思念は語りかけてくる。

『あたしは、義体なんです』
『義体?』
『つまり、義足や義手の全身版です。とんでもなく高性能ですけど』
『でも、感じるのは人の心だよ。ロボットというわけでもないようだね』
『ええ、心は人間のままです。でも、三十一年年前の十五歳だから、見かけよりは歳をとってますけど』
『そのせいだろうね、もう一人の似た子より、君を選んだのは』

 「孫文」さんは、月明かりを浴びながら、カウチに腰を下ろした。こんなに人間として据わりの良い人に出会ったのは初めてだった。友子も誘われるように、ソファーに腰を下ろした。

『不思議、人にしろ残留思念にしろ、思いは読み取れるんだけど、オジサンの心は読めない』
『そういう風にできているからさ。中国四千年の奥深さとでも言っておこう』
『で、あたしを選んでくださった理由というのは……?』

 そこで、友子の記憶は途切れた。

「さあ、最後の朝なんだから、ボリボリ食って、バリバリ働こう!」
 紀香の元気な声で起こされた。紀香がサッと開いたカーテンからは、夏の朝日が容赦なく照りつけて、みんなは仕方なく、朝ご飯を食べて、帰り支度にとりかかった。
 バニラエッセンスが来て、一日分遅れた薪割りは、三十分で片づいた。紀香と友子が人間業と思える限界のスピードで、やり遂げた。
「ねえ、夕べ二時間ほど、あたしの記憶がとんでんだけど、友子は?」
 シャワーを浴びながら紀香が聞いた。
「あたしも、こんなの」
 友子はデータを紀香に送った。友子は「孫文」さんに出会った記憶も消えていた。
「ま、芝居の稽古も進んだし、親交も深まったことだし、有意義な二週間ではあったね」
 確かに、お嬢様然としていた梨花も、みんなの前で気楽に話せるようになったし、眠ければ人前でもアクビができる子になった。麻衣にいたっては、コーラのゲップ以外にも、眠りながらではあるがオナラまでするようになった。

「さ、じゃあ、閉めるわよ」
 別荘中の点検を終えた後、梨花が玄関のドアをロックした。
 竹内セガレグル-プも、最初の印象とはまるで違う好青年ぶりでマイクロバスで待っていてくれていた。

 読者にだけは伝えるが、友子は平べったく大きな包みを抱えていたが、誰も気にしなかった。実は友子が、そういう暗示をみんなにかけているのだが、かけた本人にも自覚は無かった。

 友子達が、竹内セガレグル-プに駅のホームで見送られてから、三十分後に、梨花の別荘は大爆発を起こした。トンネルの中だったので友子も紀香も気づかなかった。

 東京に帰ってから、ニュースで知った。別荘は跡形もなく吹き飛んでいた。そして焼け跡から、性別不明の爆死体が四人分出てきた。

 この仕掛けをしたのが、自分であるとは、友子のCPUは99・9999%忘れていた……。

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