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「いつまで寝てんの、早くしないと遅刻しちゃうわよ!」
母の声で目が覚めた。
「……あと五分」
そう返して、宏美は布団を被り、まどろみ始めた。
「しかたのない子なんだから……」
いつものことだけれど、このしばしの五分……二度寝とも言えないまどろみが、三十路に指がかかった宏美のささやかな楽しみなのである。
高校時代からの癖で、母も、それを見込んで五分早めに声をかけてくる。
しかし、今朝のまどろみは深かった。
夢の中で、夕べの出来事が紅茶に入れたミルクのように渦を巻いて湧き上がってきた。
「宏美ちゃん、だいじょうぶ……?」
浩一が遠慮がちに声をかけてきた。十数年ぶりの同窓会で、つい飲み過ぎてしまったのだ。
真央や絵里香たちとは部活も同じだったので、つい話しが弾み、気が付けばハイボールを四杯空にしていた。
「ちょっと風に当たってくる。ハハ、大丈夫だって……」
真央たちに手を振ってベランダに出た。
初夏と言っていい五月最終の日曜だけれど、宴会場のベランダに吹く風は、ヒンヤリと心地いい。
「ウーロン茶……よかったら、酔い覚ましになるよ……」
浩一が、左の手で、ウーロン茶を差し出した。
「ウーロンハイじゃないでしょうね」
「ちがうちがう!」
浩一は、宏美の軽口に、大まじめに否定した。変わっていない、高校生のあのころから……。
「じゃ、ちょうだい!」
勢いよく出した手が、オズオズと差し出されたグラスに当って、ウーロン茶が飛び跳ね、浩一にも、宏美にもかかってしまった。
「あ、ごめん!」
浩一は、慌ててハンカチを取りだし、濡れた自分のシャツに構うこともせずに、宏美の服を拭い始めた。
「あ、こっちこそ。ウォッシャブルだから、洗えば、おしまい」
「あ、でも……」
浩一の顔が赤くなった。
「あはは……キャ、どこ触ってんのよ。浩一クンのエッチ!」
浩一のハンカチが、軽く宏美の胸に触れた。酔った勢いで、宏美は女子高生のような嬌声をあげた。
「ご、ごめん(#'□'#)」
浩一は、顔をさらに赤くして、どうしていいかわからずオロオロしている。
「冗談、冗談よ。ちょっと、からかってみただけ。浩一クンの、その反射神経のおかげで、わたし助かったんだから」
浩一は、一瞬戸惑った顔になったが、すぐに思い出した。
あのとき、浩一が手を伸ばしていなかったら、宏美は生きてはいなかった……。