馬鹿に付ける薬 《気まぐれアルテミスとのんびりベロナの異世界修業》
001:原級留置告知式・1
下ノ畑ニ居リマス 賢治
チ!
小さな黒板に書かれたメモを見ると、舌打ち一つしてアルテミスは崖を駆け下りて行く。
弓と箙(えびら)は瞬間のうちに姉のカグヤに投げられ、夕べ念入りに寝押しした制服のスカートは千切れんばかりにはためき、せっかく納得させたアルテミスの『恭順の意』は満開の桜を文字通りの花吹雪に変えながら消し飛んでいく。
あ~~~~
ため息をつくと、そんなカグヤをクスリと笑う者がいる。
「すみません、カグヤおねえさま」
「あ、ベロナちゃん」
「相変わらずですねアルテミス。でも、わたくし安心しましたのよ、こんなことになってしまって意気消沈してるんじゃないかって。やっぱりアルテミスは元気が一番です」
「ありがとう、持つべきものは友だちねぇ……」
「?」
「あ、ごめんなさい、つい(;'∀')」
「フフフ、大丈夫です。同じ留年生同士、しっかりやっていきますわ」
「えと、今日はベロナちゃんお一人で?」
「いえ、兄のマルスが付いて来てくれているんですが、黒板のメモを見て下の畑に行ってしまいました。軍神ですけど根は農耕神ですから人の農作業は気になるようです」
「そう、……」
「フフ、もうひとつ、気になりますよね」
ニッコリと自分の顔を指さすベロナ。
「あ、いえ(^_^;)」
「なぜ、生徒会長のわたしが留年したのか」
「学年末テストはぜんぶ受けなかったとか……あ、ただの噂だけど」
「いえ、噂通りです。テストは一つも受けていませんのよ」
「え」
「自分でも全てが分かっているわけじゃないんですけど、このまま三年生になって卒業してはいけないような気になったんです。モラトリアムの言いわけかもしれませんけど……あ、来たみたいですよ」
崖の下から三人の足音が上がってくる。
二つは落ち着いた大人のそれだが、もう一つはまだまだ不機嫌なアルテミスだ。
「もう、さっさとやってよねえ! 狩猟期間はあと二週間しかないんだから!」
「アルテミス!」
「ああ、ごめんてば。ちょ、頭抑えんなよ」
「もうしわけありません校長先生、マルス将軍」
「いやいや、つい畑仕事に熱中してしまって」
「いや、わたしがあれこれ校長先生に質問したりご教示頂いたりしていたもので。申し訳なかったカグヤ殿」
「アルテミスもお詫びしなさい」
「え、ああ……さっきは生意気言ってすみませんでした……て、下の畑でも言ったんだけど」
「けじめよけじめ」
「さあ、では講堂の方にいきますか」
「え、講堂でやるんすか!?」
てっきり、黒板のかかっている校長の小屋で行われるものと思っていたアルテミスだけでなく、校長以外の三人も驚きの色を隠せなかった。
昴学院、本年度の原級留置告知式は、学院最大の施設である大講堂で行われようとしていた。
☆彡 主な登場人物とあれこれ
- アルテミス 月の女神
- ベロナ 火星の女神 生徒会長
- カグヤ アルテミスの姉
- マルス ベロナの兄 軍神 農耕神
- 宮沢賢治 昴学院校長