ライトノベルベスト
「どうだ、これで文句はなかろう!」
お祖父ちゃんは、バシンと婚姻届をテーブルに叩きつけた。
喫茶ヒトマルは日曜が閉店日だったので、自衛隊退役准尉の祖父ちゃんのバシンは、平手でホッペを張り倒したように店内に響いた。
空にはのんびりと遠くにヘリコプターの爆音だけがして、いっそう日曜の静寂を醸し出す。
婚姻届とは、61式のお父さんを説得するためにお祖父ちゃんが、啓子伯母ちゃんといっしょになって作ったハッタリ……であることは言うまでもない。
「こんなものは、自分は知りませんし、認めもしません!」
お父さんもハッキリ言う。
「平和(ひらかず)君。君が認めんでも、この婚姻届は法的に有効じゃ。あとは立会人二人の署名があれば5分で市役所に持っていける。幸い隣は警察署。立会人には不足は無い」
「今日は日曜です」
「ワハハ 婚姻届、死亡届、出生届は日曜でも受け付けて居るわ。ロートル准尉とバカにするなよ。それぐらいは世間の常識じゃ!」
「し、しかし、高校生で結婚だなんて……だいいち栞はともかく、武藤君は法定年齢に達していないでしょ」
「よく見たまえ。武藤君は4月2日生まれ、堂々たる18歳。要件は満たしておる」
「まあ、学校があるから、とりあえず入籍だけして、あとはなるようになるでしょ。あたしが責任持つわ」
「ざ、在学中に同棲だなんて、お父さんは認めんからな!」
「同棲なんかじゃないわよ。ちゃんとした結婚生活よ」
あたしも調子に乗ってきた。
「で、ものは相談じゃ。わしは長幼の序というものを大事にする。父親である平和君が独身であるのに、娘の栞が嫁に行くのは順序が逆じゃ。そこで、まず平和君が片づかなきゃな」
「じ、自分は……!」
「照れくさいのは分かる。しかし、このままでは君は実戦経験がないまま、男としても退役せにゃならん。これも栞の母親で、わしの娘である一美が早く逝ってしまったせい……父親としても責任を感じておる」
「一美への義理立てなら、もう十分よ。栞をここまで育ててくれて、その栞ちゃんも進一君と結婚。まさに後顧の憂いなしでしょ」
結婚とか、婚姻とか言われるたびに、胸がドッキンする。武藤先輩も頬っぺたを真っ赤にしている。
「ま、取りあえず会うだけ会ってみてくれ。年寄りの顔をたてると思って」
「しかし、いまお返事しても、相手の方のご都合も……」
「それはついておる……」
お祖父ちゃんは、やおらスマホを取りだした。
「こちらブラボーワン、橋頭堡を確保。作戦実施、オクレ!」
お祖父ちゃんの一言で、のどかなヘリコプターの爆音が近くなった。
「みなさん、お見合い相手がやってこられます!」
庭で待機していたチイちゃんが叫んだ。みんなで庭に出てみた。
ヘリから出てきたピンク色のパラシュートみたいなのが花のように開いたかと思うと、おとぎ話のように揺らめきながら降りてきた……。