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妹が停学になった。
劣等生のオレが言うのもなんだけど、妹の伸子は高校生としての道を外している。
国語の授業を抜け出し、昼休みに教室に戻って来たところを御用になった。いわゆるエスケープという奴だ。
普通エスケープは、授業をやっていた先生と生活指導の先生に詫びを入れ一札書いて放免になる。
ところが、伸子は「すみませんでした」とは言ったものの、どこに行っていたかと、なぜ抜けたのかを言わなかった。
当然放免にはならない。
伸子は5時間目の半ば過ぎに生指の梅本先生と教室に戻って来た。梅本は授業してる世界史の藤田先生に耳打ちした。藤田先生は意外な顔をしたが何も言わなかった。伸子は鞄に一切合財詰め込むと、プイと教室を出て行こうとして、梅本先生に頭を張られ、不承不承教室に頭を下げて出て行った。
「ノブなにしたんだろう!?」「あれって、停学のパターンだよね」「ちょっとヤバイ的な?」
教室が少しかまびすしくなった。ミリーは不思議そうな顔で見送っていた。
「静かにせえ、授業続けるでぇ!」
藤田先生が、普段は使わない大阪弁で、みんなを注意した。
休み時間に、三年(ダブらなければオレが居た学年)の情報屋の津守に聞きに言った。
「ああ、なんだかエスケープの理由も場所も言わないんで国語の福田が切れちまってさ。大声出したら、その登坂伸子ってのが福田のこと張り倒しちまって対教師暴力が加算されて、そのまま停学。ま、事情によるけど、一週間は固いな」
伸子は、飛び切りの優等生というわけではないけど、今までソツなくやってきて、生指のお世話になんかなったことがない。だから、こういう場合の身の処し方が分からない。劣等生であるオレは、授業こそ真面目に受けないが、最低の仁義の通し方は知っている。
家に帰ったら、正しい停学の有り方を教えなければならない。と、心に誓った。
理由を言わないと言えば、ミリーだ。
日曜に絵を描きに行ってサンルームでいきなりヌードになられた時はたまげた。女の裸なんて、伸子と風呂の脱衣場でニアミスして、ほんの一瞬見ただけで、こんなに完全なヌードにお目にかかったのは初めてだ。
「下着の線なんか残っちゃいけないから、生成りのワンピースだけにしといたの」
ミリーはそれを言ったあと、お父さんお母さんも承知しているとしか言わなかった。静かな目をしていたけど、聞いても絶対言わないだろうという顔をしていたので、粗々のデッサンと肌の色を試しに置いて、その日は終わった。絵具もキャンパスもメーカーの名前しか知らない最高級品だった。
「落葉君待って!」
オレが、あまり呼ばれたくない苗字でミリーが声を掛けてきた。
「うん、いいよ」
オレは、下足室からミリーと歩き始めた。
「登坂さん、どうしたのかな?」
「あ、エスケープして、先生シバキ倒したんで停学だって」
「そうなの……なにがあったんだろ」
「ま、学校クビになるようなことはないからドンマイドンマイ。それより話あるんだろ。隣の駅まで18分だぜ」
「あの下書きと肌色の出し方にお父さんも感心してたわ。お母さんも、あたしも描いてもらおうかしらって。アハハ」
「アハハ、二人描くほど精力ないよ」
「精力?」
オレは、自分の言葉の使い方で赤くなってしまった。
「あ、その……気力。人間は顔もそうだけど、肌の色合いなんかすぐに変わってしまうんだ。観察して、これって思うものを絵具で翻訳していくような作業なんだ。ミリーはバイリンガルだから分かると思うんだけど、言葉や単語ひとつでニュアンスぜんぜん違ってくるじゃん」
「あ、こないだの『You』と『u』みたいなもんね」
「そうそう」
それから、英語のスラングについて話が飛んでしまった。隣の駅が見えてきた。
「で、肝心の話は?」
「あ……絵を描いてもらう理由をトドムには話しておきなさいって、お父さんが……」
「……でも、言えそうにないな。また今度でいいよ」
「うん……ありがとう」
ミリーは言えない歯がゆさと言わずにすんだ安堵感で目が潤んでいた。
で、今度は、オレが家に帰って目が潤むことになる……。