真凡プレジデント・79
ドスン!!
危うく舌を噛むところだった。
ビッチェの運転が荒かったのか、昭和草原からの脱出が難しかったのか、消防車ごと空から落ちてきた感じ。
「次元を超えたショックよ、慣れるしかないわね」
涼しい声は、少しばかり上から聞こえた。
ウ~ン……………あ~なんかヤバい。
着地のショックで助手席のシートにめり込んでしまったわたしは、なかなか体を起こせない。
「仕方ないわね……よっこらしょっと!」
「あ、ありがとう」
引き起こされた助手席から見えたのは二階建ての大きな門。柱や壁が赤く塗られていて瓦屋根。軒は一面の鳥かごのように網がかけてあって……お寺の山門? どこかで見たことがある。
「後ろ見てごらんなさい」
「後ろ?」
運転席の後ろの窓に目をやると、石段の上に二階建ての大きなお堂が見える。
見覚えがある……あ、芝の増上寺だ!
小さいころにお爺ちゃんに連れてきてもらったことがある。そうだ初詣だ!
下りてみ。
いつの間にかビッチェは外に出ていて、少し距離のある所から声がした。
あ……え……え? え?
ちょっと違和感。
江戸時代から将軍家の菩提所として作られた増上寺は東京でも有数の名所だ。
それが、わたしとビッチェの他は消防車があるきりで、人の気配がない。
増上寺は緑が多いお寺だけど、木々の上には近隣のビル群が見えるはずだ。それが一つも見当たらない。
「異次元の増上寺よ。でもお寺って聖地だからね……きっと意味があるはずよ」
「ちょっと怖いかも……」
見上げると空は雲一つない紺碧の青空。
東京は快晴の日でも、どこか濁っている。
――昔の青空は、こんなもんじゃねえよ――
初詣の青空に感心していると、お祖父ちゃんが笑ったのを思い出す。
そのお祖父ちゃんが、ここに居たとしても――いやあ、まいったまいった――そう言って、笑い出しそうな青空だ。
怖いと思った半分は、この青すぎる空のせいかもしれない。
ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ
山門の方から大勢の人がやってくる音がし始めた……
え……ガルパン?
なつきの弟の健二にせがまれて、お好み焼き屋たちばなの二階で観たアニメ映画のタイトルが浮かんだ。
女子高生が戦車道とかって部活で本物の戦車に乗ってドンパチやるアニメだ。
よくバラエティー番組なんかでBGに使ってる陽気なマーチが流れてきて、もとは、このアニメだったんだと思いだす。
そのガルパンに出てくるアメリカっぽい、サンダース大学付属高校に似ている。
タンカースジャケット? だったっけ……カーキ色のジャンパーをラフに着た女の子の集団がゾロゾロと山門を潜って来た。
「やあ、あんたたち、どこの部隊?」
先頭を歩いていたブロンドが陽気に手を上げた。ガルパンを知っているせいか日本語を喋っているのにも違和感がない。
「ヘル連隊インフェルノ大隊ボトムレス中隊ビッチェ軍曹、こっちはマヒロ伍長」
ビッチェがおぞまし気な名乗りをする。
「ワオ、あんたたち本物の地獄部隊なんだ」
「あんたたちは?」
「混成部隊。九十人いるけど、みんな所属が違うの。あたしはケイ・マクギャバン軍曹。なんなら全員名乗らせようか?」
「それは成り行きでいいわ。消防車の機嫌次第では、すぐにでも飛んで行ってしまうかもしれないから」
「そうか。じゃあ、あたしたちも小休止! ただし、ここの境内からは出ないように! お迎えが来たときに間に合わなくなるからね!」
ウーーッス
ルーズな返事がして、九十人の少女たちは境内のあちこちに散った。ケイのほかに十数人が消防車の周りに集まってくる。
「懐かしいわね、ボンネットスタイルの消防車だなんて」
「あ、あなた……」
ボンヤリした記憶だったけど、この子は覚えてる。
――告白もしてないのにフラれるわけないでしょ!――
みんなからイジられて、赤い顔して抗議していた意外に純情な子だ。
「ハハ、憶えていてくれて嬉しいなあ。でも、それ知ってたら名前は勘弁してね」
頭を掻きながら、純情さんは行ってしまった。
「みなさん、ガルパンのメンバーなんですか?」
ん?
境内に散った九十人の視線が一ぺんに集まった。
えと……いけないことを聞いてしまった……?
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号