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61式中戦車というのがあった。
国産初の戦車で、1961年に制式採用されたので下二桁をとって61式(ろくいちしき)戦車という。装備や装甲などの諸元から中戦車にカテゴライズされ、39年間現役であり続けたが、2000年に全車退役になった。重量35トンと軽いが、61式52口径90ミリライフル砲を搭載。戦後の第一世代戦車としては、最優秀の部類に入る。
で、世界中の戦車で、一度も実戦に使われることなく退役になった戦車は、世界中で、この戦車だけだ。
女子高生のあたしが、なんでこんなガルパンオタクみたいに詳しいかと言うと、お父さんが陸上自衛隊の下士官だからだ。
むろん機甲科で戦車に乗っている。
で、あたしは、お父さんのことを「61式」と呼んでいる。理由は簡単。1961年生まれの中年オヤジだから。本人も長年乗り慣れた61式にちなんだあだ名なんで喜んでいる。
ちなみに名前は西住平和(にしずみひらかず)年齢53歳体重61キロと覚えやすい。
「今夜は泊まりだから、戸締まり火の元に気を付けてな」
「これで三回目だよ。それに、いつものことだし」
「いつものことだからこそ、確認が必要なんだ。電車だって、運転手さんは、指さし確認、発声確認だろうが」
「いつもは二回。三回いうのは初めてだよ」
「そうか、二度目のつもりだったけどな」
「もう、まだ現役なんだから、ボケないでよね」
「了解。じゃ、そろそろいくか……」
「あ、肝心なこと忘れてる」
「え、なんだ?」
上着を着ながらすっとぼける。
「啓子伯母さんが持ってきてくれたお見合いよ。61式と見合いしてやろうって74式はそんなにいないよ。これ逃したら、将来は絶対独居老人だからね」
「大いにけっこう。栞(しおり)に61式の面倒みさせようとは思ってないからな」
「来年は定年なんだからさ。ちょっとは真剣に考えなよ」
「考えてるよ。再就職先も二三あたってるしな」
「諸元の入力ミス。あたしが言ってるのは、仕事じゃなくて、お父さんの一生の問題なんだからね!」
「オレは、栞が何年か先に、無事にいい男の嫁さんになるのを見届けられれば、それでいいんだ」
「また決まり文句」
「専守防衛。自分のことは自分でなんとかするさ。掃除、洗濯、料理、生きていく上のことは、たいていできる。問題なし」
「愛情って諸元が抜けてる!」
この真剣な訴えかけに、61式は、あろうことかオナラで答えた。
「ハハ、ほんとに抜けちまった。ガスも抜けたし、じゃ」
「あたしがお嫁さんになってあげるわけにはいかないんだからね、たとえ血が繋がってなくても!」
お父さんが、靴を履きかけたままフリーズした。
「栞。オレは栞のこと本当の娘だと思って育ててきた。二度とそんな言い方するな」
そういうと61式は、ドアを開けて、歩調を取るように出て行った。
61式……お父さんは、あたしが三つの時に子連れのお母さんと結婚した。
実のお父さんも自衛隊員だったけど、あたしが一歳のときに災害派遣で亡くなってしまった。
同期だったお父さんは、突然夫を亡くしたお母さんの面倒をみてくれた。そして、その二年後に結婚した。お母さんが中期の癌だということを知りながら。
「人間というものの大事な諸元は、健康と愛情だ」
自分で、そう言っていた。
17歳のあたしには分かる。お父さんとお母さんに夫婦の営みが無かったこと。
「そういうことは、元気になってから」
とかなんとか言ったんだろう。
実戦に一度も出ることもなく退役、スクラップになった61式戦車は幸せだと思う。
でも、あたしを育てることだけで退役する61式オヤジは……勝手にしろ!
あたしは、満開の桜並木を抜けて、啓子伯母さんの、お店に向かった。