オフステージ(こちら空堀高校演劇部)153
運命って、あいまいなもんだと思う。
俺の親父は二人姉弟の長男だ。
親父の父親、つまり祖父さんは寅さん風に言うと職工で、カミさんと子供二人を養っていくのがやっとだった。
親父は、この爺さんと婆さんの二番目の子どもで、上が女なんで、長男と言うことだ。
長男だから、貧しいところをオッツカッツで、なんとか大学まで出してもらった。そして、大学を出て働いた職場でお袋と出会って結婚して俺が生まれた。
実は、親父の姉、つまり伯母さんの上にもう一人いた。
男の子だ。
七カ月の早産で生後三十分で死んでしまった。
もし、この男の子が早産でなくて、ふつうに十月十日(とつきとおか)で生まれていたら、親父は生まれてこなかった。
爺さんは三人も子どもを育てる余裕は無かったから、親父のあとにできた子供は始末している。つまり婆さんと相談して堕ろしちまった。上の男の子が生まれていたら、親父は三番目なんで、始末されていたってことだ。
上の男の子が早産になったのは、洗濯物を干そうとして躓いたせいなんだ。だから、婆さんが躓かなければ、普通に生まれていたはずだ。そして、親父は妊娠三カ月くらいで堕されている。
親父が生まれてこなければ、あたりまえだけど、俺が生まれてくることは無かった。
ひょっとしたらさ、俺の息子とか孫あたりが総理大臣とか偉い学者とかになって、日本や世界の危機を救うってことがあるかもしれない。いや、救うんだ!
そのためには、俺の親父が生まれなければならないわけで、ひょっとして、未来から密命を帯びた工作員とかがタイムリープしてきて、洗濯物を干そうとしていた婆さんを転ばせたんじゃないかなあ?
婆さんは、そそっかしい人だった。呼び鈴が鳴ったりすると、狭い家の中でもドタドタ走って玄関に急ぐ人だった。じっさい、七十三の歳に、これで大腿骨折をやってる。
俺が千歳にコクらなかったのも、こんな偶然、いや、未来からやってきた工作員のせいかも知れない。
中庭で千歳に出会って、あと一呼吸したらコクっていた。
コクらなかったのは視線を感じたからだ。
本館四階の生徒会倉庫から生徒会長の瀬戸内先輩が見ていたのは気づいていた。瀬戸内先輩は部室移転問題からの腐れ縁だから、そうは気にならない。目にしたからって、口笛拭いてヒューヒューからかうような人じゃねえからな。
実は、中庭の向こう、渡り廊下の下から「プッ(* ´艸`)」って笑う奴がいた。
反射的に目をやると、一瞬目が合った一年の女子が、口押さえて逃げ去っていくところだった。
きっと、奴は未来世界の工作員だ。
で、千歳のことは、それっきりになってしまった……。
ドン!
「なに妄想の世界に入ってんのよ!」
ミリーが、背中をドヤしつけて俺の前に座った。
「な、なんだよ、勝手に妄想とかあり得ねえし」
「ちょっと相談なんだけど、クラブで調理実習とかやってみない?」
「調理実習ぅ?」
「うさんくさそうな顔しないでよ、ちょっとした縁で調理実習することになったのよ」
「うちは演劇部だぞ」
「看板だけじゃん」
「だけじゃん言うな」
「ちょっと、面白いってゆうか、運命なのよ……」
なんだか、新しい運命が開けてしまう……。
主な登場人物
- 小山内 啓介 二年生 演劇部部長
- 沢村 千歳 一年生 空堀高校を辞めるために入部した
- ミリー・オーウェン 二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生
- 松井 須磨 三年生(ただし、六回目の)
- 瀬戸内 美晴 二年生 生徒会副会長
- 姫田 姫乃 姫ちゃん先生 啓介とミリーの担任
- 朝倉 佐和 演劇部顧問 空堀の卒業生で須磨と同級だった新任先生
☆ このセクションの人物
- 杉本先生
- Sさん
- 蜂須賀小鈴
- 蜂須賀小七