大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・13・「かんぱーい!」

2020-01-18 06:32:42 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)13
「かんぱーい!」                     


 
 
 忌々しくはあったが入部を認めざるを得なかった。

 なんせ今週中に部員を5人にしなくては部室を取り上げられる。
「せやけど、なんでそこまで正直やねん!?」
 お互いのいろいろを言い合っているうちに、啓介の声は大きくなってしまった。
「きれいな嘘をついて、あとでグチャグチャになりたくないもん」
「もっぺん聞くけど、学校辞めたいんやったら退学届け書いて学校に出したらしまいやろがな」

「だ~か~らあ、入学して1か月で辞めたら親とか心配するでしょ? 心配されるってウットーシイものなのよ。ただでもこの年頃ってさ『多感な年ごろだからそっとしておこう』なんて思われちゃうの。高校生の自殺って9月の第一週と春の連休明けが多いの。ため息一つついただけで『あ、自殺考えてる!?』とかになっちゃって腫れ物に触るような目で見られるのよ。学校だって放っておかないわ。カウンセリングだ事情聴取だとかで家まで押しかけてくるわよ」

「ええやんか、心配させといたら」

「あのね、あたしは足が不自由なの、車いすなのよ、そんな子が『辞めたい』って言ったら普通の子の10倍くらいネチネチ干渉されるのよ。この学校ってバリアフリーのモデル校だけど、それってハードだけだからね。実の有る関わり方って誰もしないわ。そんな人間オンチに口先だけの言葉かけてもらいたくない」
 啓介はイラついていたが「口先だけの」という言葉には共感してしまった。
「それにね、あたしの足がこうなったのは事故のせいなんだけど、その事故の責任は自分たちにあるって、お父さんもお母さんも思ってる。そんな親に思いっきり心配されるのって絶対やだ!」
「しかしなあ、演劇部つぶれるのを確信して入部するて、オチョクッてへんか?」
「だってそうなるわよ。あなただって隠れ家としての部室が欲しいだけじゃない。放っておいたら、今週の金曜日に演劇部は無くなるわ。でも、あたしが入ったらもうちょっと持つわよ。車いすの子が入ったクラブを簡単には潰せない。そうね~、まあ今学期いっぱいぐらいは持つんじゃないかなあ。金曜日に潰れるのと、夏まで持つのとどっちがいい?」
「ムムム……………」
 どこか釈然としない啓介だったが、利害関係という点では了解していることなので沈黙せざるを得なかった。
「よし、じゃ新生演劇部の出発! 乾杯でもしよう!」
「乾杯って……ここなんにもないで」
「なきゃ、買いに行けばいいじゃないの」
「わざわざ……」
 そう言ったときには、千歳は廊下に出ていた。車いすとは思えない素早さだ。

「これって、うちの学校の象徴だと思わない?」
「え?」

 空堀高校はバリアフリーが徹底していて、ジュースの自販機もバリアフリー仕様。お金の投入口も商品の取り出し口も車いすで買える高さになっている。
「いくら手が届いても、物言わぬ自販機じゃねえ……」
「そやけど自販機がしゃべってもなあ」
「あなたもいっしょなんだ」
「え、なにが?」
「ううん、なんでも……じゃ、あそこで」
「え、部室に戻らへんのんか?」
「いいから……」

 千歳は啓介をリードして中庭の真ん中に来た。

「え、こんなとこで?」
「うん、みんなが見てる……あ、すみません、今から乾杯するんで写真撮ってもらえません?」
 通りがかりの女生徒に声を掛け、スマホを預けた。
「じゃ、新生演劇部に……かんぱーい!」
 女生徒は、乾杯の瞬間を写してくれた。

 ホログラムの発声練習では見向きもされなかったが、この乾杯の瞬間は、ほんの一瞬だけど数十人の生徒と数人の先生が見ていた。

 五月晴れの中庭で、やっとインチキ演劇部が動き始めた。
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