巷説志忠屋繁盛記・10
面白いことはみんなで楽しもう!
トモちゃんのモットーだ。
「こんなとこ置いたら陽に焼けるで……」
大の読書家であるタキさんは山賊の親玉みたいな顔をしているが、本の扱いは女学生のように丁寧で優しい。
去年、南森町の交番にゴブラン織りのブックカバーが付いた新刊本が落とし物として届けられた。
ゴブラン織りは花柄にムーミンのキャラが散りばめてあり、新刊本は少女漫画の表紙や挿絵の豪華本であった。
「これは、三十代くらいの女性の落とし物やなあ」
交番の大滝巡査部長は頷いた。
「自分は女学生……ひょっとしたら女子高生だと思量します」
秋元巡査は真面目な顔で異を唱える。
「こんなに豪華な本ではありませんが、妹が同じようなものを持っておりました。それに……クンカクンカ……そこはかとなく良い匂いがいたします」
数時間後、青い顔をして「本の落とし物……」とやってきたのがタキさんであった。
「え、マスターの落とし物でしたんか!?」
「え、クンカクンカしてしまった……」
タキさんは、表紙に指紋が付くのを嫌って、あらかじめ文具売り場で見つけた特製ブックカバーを購入直後に付けたのだ。
南森町の改札を出たところで、常連客のモデルの女の子たちに出くわした。一人の女の子タキさんの本に目を留めて「かっわいいーー、ちょっと見せてもらえます?」
改札を出たところで十分ほど愉快に立ち話、そこへ列車がやって来たので慌てて別れた。
別れ間際の数秒間でも山賊ギャグをかまし、メアドを交換したり……しているうちに、定期券売り場のライティングテーブルの上に置かれた豪華本を置き忘れてしまった。
「ほんなら、この香りは……?」
「モデルの子ぉが読んでたからなあ」
「あ、そ、そでありますか」
タキさんはアイドルタイムの間、伝票整理も忘れて写真本に見入った。
八尾・柏原の昭和を記録した写真ばかりである、八尾のネイティブとしては懐かしいに違いない。
そんなマスターを微笑ましく見ていたKチーフだが、ぽつり零したタキさんの一言にむせ返った。
「どこも殺し合いしたとこばっかりやなあ……」