大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ここは世田谷豪徳寺・10《待てない未来がある・1》

2020-02-13 06:08:01 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・10
《待てない未来がある・1》   

 

 空から靴が降ってきた。

 体育の時間に、グラウンド用に使う学校指定の運動靴。
 危ないなあ……そう思って上を見上げる。
 一瞬、見上げた校舎の屋上に人の気配。

「どうかした?」

 体操服のナリで佐久間まくさが近寄ってきた。
 今日の四限は、実質二学期のおしまいなので、大掃除になっている。帝都女学院の生徒は全員体操服に着替えて、担当の区域を掃除している。
 で、あたしたちのクラスの半分は、校舎北館の外周の掃除に当たっていた。校舎内の担当と違って上履きではなく、落ちてきたのと同じ運動靴を履いている。
 あたしは、直感で、この運動靴はヤバイと思った。

 第一に「白石」と書かれていること。うちのクラスに白石という子はいない。
 第二に、その靴が、ほのかに暖かいということ。つまり寸前まで誰かが履いていたということ。
 第三に、屋上に人の気配がしたこと。
 第四に、屋上は危険なので、清掃区域には入っていない。

「声を上げないで、上を見ないで……白石って子が屋上から飛び降りようとしてる」
「え……!?」
「静かに……体育教官室行って、一番頼りになりそうな先生に言ってきて」
「う、うん……」
「早く、あたしは屋上に回ってみる……」

 まくさは、校舎を回って体育館を目指した。土足のまま、一番早く行けそうなのが体育館の教官室だったから。
 あたしは、ゴミ置き場のゴミか備品か分からないロープを持つと、校舎まではゆっくりと……校舎に入ると、土足のまま、階段を一段飛ばしに上がっていった。
 一瞬アニメの『時をかける少女』の真琴がタイムリープするために階段を駆け上がるシーンと「待っていられない未来がある」というキャッチコピーを思い出していた。

――あたしの早とちりでありますように!――

 こういう時の勘は当たる。屋上に出る扉の鍵は開いていた。
 ここ、普段は出入り禁止で、鍵は先生でないと自由にならない。

 隙間から覗くと、体操服にポニーテールの子が、柵の外側に立ち、校舎の北側をじっと見ている。北西側には、恵里奈たちが、まだ掃除の真っ最中。恵里奈たちが居なくなるのを待って飛び降りるつもりのようだ。
 あたしは、自分の体に袈裟懸けにロープを巻き、端っこをドアノブに結びつけた。そして、ゆっくりドアを体一つ分だけ開けて、離れたところから柵を越え、白石さんに近づいた。街の喧噪と風の音で気づかれることは無かった。でも三メートルが限界……そう感じたとき、白石さんが振り返った。同時に、あたしは語りかけていた。
「靴落としたわよ。白石さんでしょ?」
 振り向いた顔に見覚えがあった。勉強はできそうだけど、あたし以上に人間関係が苦手そう。あたしみたいな無口じゃない。廊下や食堂で、たまに見かける彼女には、いつも取り巻きがいて楽しそうに冗談なんか飛ばしていた。でも、この子の目は笑ってないなと感じていたことなんかを思い出した。

「やっぱり、靴を落としてたのね……」
「あたし、何度かあなたのこと見たことがある。ちょっと同類のような感じがしていたの」
 それから、なにか話したんだけど、覚えていない。

 だって、事態は急展開したから……。 

 
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