空から靴が降ってきた。
体育の時間に、グラウンド用に使う学校指定の運動靴。
危ないなあ……そう思って上を見上げる。
一瞬、見上げた校舎の屋上に人の気配。
「どうかした?」
体操服のナリで佐久間まくさが近寄ってきた。
今日の四限は、実質二学期のおしまいなので、大掃除になっている。帝都女学院の生徒は全員体操服に着替えて、担当の区域を掃除している。
で、あたしたちのクラスの半分は、校舎北館の外周の掃除に当たっていた。校舎内の担当と違って上履きではなく、落ちてきたのと同じ運動靴を履いている。
あたしは、直感で、この運動靴はヤバイと思った。
第一に「白石」と書かれていること。うちのクラスに白石という子はいない。
第二に、その靴が、ほのかに暖かいということ。つまり寸前まで誰かが履いていたということ。
第三に、屋上に人の気配がしたこと。
第四に、屋上は危険なので、清掃区域には入っていない。
「声を上げないで、上を見ないで……白石って子が屋上から飛び降りようとしてる」
「え……!?」
「静かに……体育教官室行って、一番頼りになりそうな先生に言ってきて」
「う、うん……」
「早く、あたしは屋上に回ってみる……」
まくさは、校舎を回って体育館を目指した。土足のまま、一番早く行けそうなのが体育館の教官室だったから。
あたしは、ゴミ置き場のゴミか備品か分からないロープを持つと、校舎まではゆっくりと……校舎に入ると、土足のまま、階段を一段飛ばしに上がっていった。
一瞬アニメの『時をかける少女』の真琴がタイムリープするために階段を駆け上がるシーンと「待っていられない未来がある」というキャッチコピーを思い出していた。
――あたしの早とちりでありますように!――
こういう時の勘は当たる。屋上に出る扉の鍵は開いていた。
ここ、普段は出入り禁止で、鍵は先生でないと自由にならない。
隙間から覗くと、体操服にポニーテールの子が、柵の外側に立ち、校舎の北側をじっと見ている。北西側には、恵里奈たちが、まだ掃除の真っ最中。恵里奈たちが居なくなるのを待って飛び降りるつもりのようだ。
あたしは、自分の体に袈裟懸けにロープを巻き、端っこをドアノブに結びつけた。そして、ゆっくりドアを体一つ分だけ開けて、離れたところから柵を越え、白石さんに近づいた。街の喧噪と風の音で気づかれることは無かった。でも三メートルが限界……そう感じたとき、白石さんが振り返った。同時に、あたしは語りかけていた。
「靴落としたわよ。白石さんでしょ?」
振り向いた顔に見覚えがあった。勉強はできそうだけど、あたし以上に人間関係が苦手そう。あたしみたいな無口じゃない。廊下や食堂で、たまに見かける彼女には、いつも取り巻きがいて楽しそうに冗談なんか飛ばしていた。でも、この子の目は笑ってないなと感じていたことなんかを思い出した。
「やっぱり、靴を落としてたのね……」
「あたし、何度かあなたのこと見たことがある。ちょっと同類のような感じがしていたの」
それから、なにか話したんだけど、覚えていない。
だって、事態は急展開したから……。