大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベル ここは世田谷豪徳寺:第1話《佐倉さくらの事情》

2020-02-04 06:27:47 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺

第1話《佐倉さくらの事情》   

 

 


 四メートル幅の生活道路の半分を塞いで水道工事をやっていた。

 五十メートル手前の十字路のところに工事中の車両通行止めの看板と、ガードマンのオジサンが立っている。
 何の気無しに十字路を左折すると、五十メートル先の工事現場が見えた。
 で、あたしは視線を感じてしまったのだ。工事現場に立っているガードマンの視線。
 明らかにルーキーで、誘導のタイミングを計ってあたしの方をチラチラ見ている。
 これがベテランのオジサンガードマンだったら、程よい距離まで視線なんか送ってこない。四五メートルの距離で、少しだけニッコリして赤いプラスチックの誘導灯を揺らし、あたしは、ほんの少し頭を下げておしまい。
 でも、このルーキー君は、三十メートルぐらいになると、あたしのことをずっと見続けている。

 あ、ひょっとして、この制服のせい?

 あたしは、渋谷にある帝都女学院の一年生。東京の女子高のベスト5に入るほどの白を基調としたセーラー服で『セーラームーン』のモデルになったほど有名だ。だから、それだけで目をひく。あたし個人じゃなく、帝都の生徒として。初冬なのでカーディガンは羽織っているけど、前のボタンは開けたままだ。余計に白のセーラーが強調される。

 きまりが悪い。

 手前の道で曲がっておけばよかった。

 でも、今さら引き返すのは、いかにも不自然。忘れ物したふりとか……演技には自信ない。ああ、意識するぅ。向こうもしてるしぃ。意識すると怖い顔になるんだあたしって、そんなの、失礼だと思われるかもしれない。思うよね? あたし個人としてではなく帝都の女生徒として、帝都が失礼だと思われる……学校の看板しょってるんだ、この制服を着ているときは。

 あたしは、タイミングの悪い子だ。入学して半年以上になるというのに、まだ入部するクラブを決めかねている。仲良しのマクサと里奈は入学と同時にクラブを決めていた。
 自分の性格改造のために、演劇部に入ろうと思ったけど、帝都の演劇部は週二回しか活動していなくて、見学に行ったときもショボかった。それでも文化祭の出来次第ではではと思ったんだけど、クラス劇の方が面白いというシロモノだった。連盟にも加盟していないので、コンクールに出ることも無く、ハッキリ言って仲良しクラブ。でも、この状況、演劇部なら忘れ物のふりして引き返せる? せめて、怖い顔やめられる? 無理無理無理!
 いっそ、吹部に入って、中学以来のフルートでもやろうかと思った。でも、これは文化祭で体中で感じた吹部の迫力と実力に尻込みしてしまった。

 あたしは引っ込み思案というほどじゃないけど、人とテンポが合わない。

 たいていの子は、流れに乗って適当に遊んだり、喋ったり。あたしは、それが苦手。
 間違っても、渋谷の駅とかビルのトイレで私服に着替えて遊ぶことなんかできない。友だちと喋っていても、ほとんど聞き役。たまに返事しても気のない「ああ、そう」と、間の抜けた「そうなんだ」の二つしかない。「でもさ」とか「ところでさ」などと会話を中断して自己主張したりするのが苦手。
「あいつ嫌い」と誰かが言ったとする。「なんで?」と聞くと、相手の思いに反対か賛成の意を表さなければならない。それは別にいいんだけど、必要以上に同調したり、反発したりはない。女の子の人物評なんて、ほとんど退屈しのぎか、お喋りのネタでしかない。で、そういうのが、いつのまにか本当めかしくなって、場合によってはイジメっぽくなったりする。

 聞いたら考えてしまう。なんで「嫌い」って言うのか。なんであたしに言うのか。だから、とりあえずの返事は「ああ、そう」「そうなんだ」になってしまう。
 
 それから、あたしには名前コンプレックスがある。「さくら」って名前はいい。でも苗字が「佐倉」 呼んだら「さくらさくら」になってしまう。アクセントが苗字と名前とじゃ微妙に違うんだけど、ちゃんと区別して呼んでもらったのは保育所の卒園式ぐらい。あとはみんな「さくら」のリフレイン。


 そんなこんなで、友だちは少ない。

 出席番号で一つ前の「まくさ」、フルネームで呼ぶと「佐久間まくさ」 分かるでしょ、この子も名前コンプレックス。四月のクラス開きでは、妙な名前が二人も続いたんで、初日から笑いのタネになってしまった。
 もう一人の友だちは山口恵里奈。大阪出身の子で、バレー部でセッターをやっている。ボールも人の気持ちも受け止めてセットするのがうまい。学年の最初で隣同士だったこともあって、恵里奈だけは普通に喋れる。もっとも恵里奈はセッターだけあって、たいていの人間とはうまくやっている。
 多感な年頃であることを差し引いても、あたしのは、やや度を超している。親が女子高に入れたがったのがよく分かる。共学ではとてもだろう。男の子と喋るなんて、まるで動物を相手にしているようなものだ。
 
 その男の子と言っていい、若いガードマンが目前に迫ってきた。その子も緊張しているのが、側を通るとよく分かる。
「狭いっすから、気をつけ……」
 彼は誘導灯を大きく振った。あたしはカバンを右手で持っていたので、左側にいる彼との距離は二十センチほどになってしまった。で、彼の誘導灯が、あたしのスカートをひっかけてしまった。
「あ!」
「う!」
「お!」
 三つの感嘆詞がいっしょになった。「あ!」はガードマンのニイチャン。「う!」はあたし。「お!」は後ろを歩いていたサラリーマン。
「ご、ごめん……」

 あたしは小走りになって、豪徳寺駅の改札を目指した。その日の期末テストの出来がさんざんだったのは言うまでもない。

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