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呼吸も脈拍も停まっていた。
つまり、病院についた時点でアノコは死んでいた。
「なんとかならないんですか!?」
ボクは緊急外来のドクターに詰め寄った。だって、ほんの20分前には元気に話していたからだ。
「ほんとうかい? この子はどう見ても一時間前には死んでいる。もう顎に硬直が始まりかけている。きみこそ、いったい……」
ドクターやナースの咎め立てるような視線が集まった。
「悪いが、警察に連絡するよ。キミは、ここを動かないで、いいね。森田さん、お願いします」
屈強なガードマンが、ボクの横に貼り付いた。
8分ほどで警察がやってきた。
「ちゃんと、確かめてから通報してくださいよ」
「はあ、すみません(-_-;)」
文句を言っているのがお巡りさん。謝っているのがドクターだ。
なんと、お巡りさんが着いた頃には、アノコは息を吹き返し、元に戻っていたのだ。
「申し訳ありません、あたし、時々こんなになっちゃうんです。こんなにひどいのは初めてですけど」
申し訳なさそうに、アノコが言った。
「ありがとう明君。びっくりしたでしょ、この子の持病なの。100万人に一人ぐらいなの突発性乖離病っていうんだけどね。近頃は出ないんで、あたしも主人も油断していて」
そのあとに、パート先から駆け付けたお母さんが謝りながら説明してくれた。アノコは念のために一晩入院した。
念のためというのは、アノコのためではなく、病院のメンツのためだということは、ボクにも分かった。突発性乖離病なんて、こんな病院で治せるわけもないし、大学病院でもないので、病理研究のために泊まるわけでもないから。
明くる日、学校に提出するレポートを書いていると、窓ガラスがコツンと音をたてた。なんだろうと思っていると、また、コツンと音。どうやら、誰かが小指の先ほどの小石を、窓ガラスに投げている。
ソロリと窓を開けると、前の道路にアノコがニコニコと立っている。
――あたしんちに来て――
身振りと口パクでボクを呼んだ。
「もう、大丈夫なの?」
アノコのあとに続きながら聞いた。
「大丈夫。ごめんね、迷惑かけて。ちょっとお願いがあるんだ」
そう言って部屋を開けるとびっくりした。昨日あんなにあった油絵やデッサンがどこにもない。一瞬違う部屋に通されたのかと思った。
「昨日と同じ、あたしの部屋よ」
「でも……」
「あれは擬装なの。明君に信じてもらうための」
アノコは、笑顔で、でも真剣な目で、ボクの目を見つめた……。
「これは、ほとんど賭なんだけど、明君をアナライジングして出した結論。明君は人への思いやりもあるし、昨日救急車を呼んでくれたように臨機応変で、秘密を守れる人」
「なんだよ、あらたまって?」
「あたしが宇宙人だって言ったらビックリする?」
これが、オチャラケタ顔や、真面目すぎる顔なら、なんかの冗談かとも思える。だけど、昨日のこと、そして、昨日とはうって変わった彼女の部屋。絵やデッサンはかたづけられるとしても、部屋に染みついた匂いや、空気まで変えるのは無理だろう。ボクは、間の抜けた真剣さで答えた。
「そりゃ、ビックリするよ……」