コッペリア・12
栞の人間修行が始まった。
家の中でのことは一通り覚えた。産業用ロボットのように一度覚えさせると学習して、状況に合わせて速度や行動に変化させることもできる。
立ち居振る舞いは、AKPの矢藤萌絵そっくり。部屋に居っぱなしだと颯太の立ち居振る舞いになってしまうので、動画サイトで矢藤萌絵のステージやら、メイキングなどを見せておいたので、萌絵の形になってきた。颯太は寝不足である。
「お花摘みって、なに?」
これには、颯太も困った。お花摘みが「トイレに行く」の女子の隠語であることは知っていたが、教えることには抵抗があった。
開き直った。
どういうわけか、颯太と同じ神楽坂高校に四月から通うことにもなっている。一通りのことは教えてやらなければならない。学校でなにかあっても、学校では、ただの講師と生徒だ。手出しができない。
「ええ……だから、これが便器だ。蓋が二つあるけど、栞は女の子だから、上の蓋だけを上げる。で、後ろ向きになって……」
「……後ろ向きになって?」
颯太は赤い顔をになりながら続けた。
「ええ……パンツを膝まで下ろす。ああ、その前にスカートたくし上げて……そうそう。スカートが便器に触れないように座る」
硬質と軟質のビニール、それに関節はポリカーボネイトの、いかにも人形らしいボデイーでも、動作は人間そのもの。その先の説明に困る。
「座って、どうするの?」
「いま栞はドールだ、だけど外に出ると、どうやら人間らしい。人間と言うものは食べたものを出さなきゃならない」
「えー、せっかく食べたのに?」
「食べたものが、栄養になって消化吸収されて、そのカスを出さなきゃ、お腹がパンパンになってしまう。だから人間は、そうするの!」
栞のお腹の中で、タプンタプンと音がした。人形ではあるが食べるものは食べている。栞はしごく真っ当なドールとして作られているので、下半身の構造が造形されていない。
「へたに飲み食いさせちゃったからな……」
「あ……出てきそうになってきた」
気づくと、股間に縦に窪みが出来始めていた。颯太は慌ててトイレの外に出た。
「出るもん出たら、横のボタンを押す!」
「栞の服、横にボタン無い」
「服じゃなくて、便座の横(;'∀')!」
大汗をかいて颯太は、トイレの使用法を教え、栞は涼しい顔をして出てきた。
「どうして、そんなに汗かいてんの?」
「汗かきなんだよ、ボクは!」
それから颯太は考えた。トイレに行くということは、男にはない構造が他にもあるのかもしれない。颯太はネットで検索して、栞に見せた。熱心に見ていた栞は、やおら立ち上がり、スカートをたくし上げる。
「実況見分は、トイレでやってくれ!」
「じゃまくさいな」
栞は、それでも探求心の方が強く、さっさとトイレに行った。
「あれ無いよ」
男の一人暮らしに『アレ』など有るはずも無く、やむなく隣のセラちゃんに借りにいかせた。
と、なんだか廊下で盛り上がっている。心配になった颯太は、廊下に出てみた。
「ハハ、フウくんの昔ばなしいろいろ聞いちゃった。なかなかできた妹さんだ」
セラちゃんは「妹」を強調して言った。完全に誤解している。
「それに、なんだかAKPの萌絵に似てるわね」
トイレに関わることで、これだけの苦労。外での人間らしい行動を教えなければならないかと思うと気が重くなった。
「とりあえずネットで調べられることは調べとけ」
颯太は、寝不足解消のため、布団に潜り込んだ。