愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 225 飛蓬-132 小倉百人一首:(皇嘉門院別当)難波江の

2021-08-23 09:09:08 | 漢詩を読む
(88番)難波江(ナニワエ)の 芦のかりねの ひとよゆゑ  
      みをつくしてや 恋ひわたるべき 
           皇嘉門院別当(『千載和歌集』恋三・807)   
<訳> 難波の入り江に生える葦の刈り根の一節(ひとよ)ではないが、あなたとたった一夜(ひとよ)の仮寝(かりね)の契りを結んだために、身を尽くして恋し続けなければならないのでしょうか。(板野博行)

ooooooooooooo 
葦の茂る難波江の旅宿で偶々、葦の節の間にも似た短いたった一夜を過ごしたあの人が忘れられない。仮初の縁とは知りつつも、魂が抜けてしまいそうだ。これから先、この想いを胸の奥に仕舞って、堪え忍んで生きて行かなければならないのか。

女の情念がひしひしと感じられる歌ではある。実は、実体験ではなく、さる歌合で「旅宿で逢う恋」の題で詠まれた歌であると。当時、歌枕である難波江は多くの人の往来で賑わい、遊女も多かったようで、当歌は、遊女の立場で詠われた歌であると。

掛詞を駆使するなど、技巧オンパレード、正に“新古今調”の歌である。掛詞の意図と併せて、難波江の旅の情景から葦、仮初の契り、永遠の恋、澪標と、歌の流れに沿う形になるよう心掛けました。七言絶句としました。

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<漢詩原文および読み下し文>  [下平声二蕭韻] 
 難波江旅夜偶然恋  難波江の旅夜の偶然(カリソメ)の恋  
難波江葦節間短, 難波江(ナニワ)の葦(アシ)の節の間(マ)短かし,
单夜假縁魂欲消。 単夜(ヒトヨ)の假(カリ)の縁(エニシ)にして 魂 消えんと欲(ホッ)す。
把恋君懐蔵心里, 君を恋する懐(オモイ) 心里(ココロ)に蔵(シマッ)て,
忍慕下去若澪標。 澪標(ミヲツクシ)の若(ゴトク)に 忍(シノ)び慕い続けん。
 註] 
  偶然:かりそめの、偶然の。    難波江:摂津国難波(現大阪市)の入江で、 
  葦が群生する低湿地。       澪標:船が入り江を航行する時の目印にな 
  るように立てられた杭のこと。和歌では、身を亡ぼすほどに恋焦がれる意味の 
  「身を尽くし」の掛詞として用いられる。    

<現代語訳> 
 難波江の旅でのかりそめの恋 
難波江の葦の節の間が短いように、 
短い一夜のかりそめの縁であったが、魂が抜けてしまいそうだ。
君を恋い慕う思いを胸の奥に仕舞って、 
これから先澪標のように耐え忍んで慕い続けていくことになるのか。 

<簡体字およびピンイン> 
难波江旅夜偶然恋 Nánbō jiāng lǚ yè ǒurán liàn 
难波江苇节间短, Nánbō jiāng wěi jié jiān duǎn, 
单夜假缘魂欲消。 dān yè jiǎ yuán hún yù xiāo. 
把恋君怀蔵心里, Bǎ liàn jūn huái cáng xīnlǐ,  
忍慕下去若澪标。 rěn mù xiàqù ruò língbiāo.  
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皇嘉門院別当は、太皇太后宮亮・源俊隆(トシタカ)の娘、名前および生没年ともに不明であるが、1181年に出家したという記録はあるようです。崇徳院(77番)の皇后(皇嘉門院)・聖子(セイシ)に仕えた女房で、院の別当。別当とは、女院に仕える女官たちを束ねる長官である。

皇嘉門院聖子は、藤原忠通(76番)の娘で、摂関・太政大臣・九条兼実の異母姉である。そこで兼実が主催した歌会には度々参加していたようで、当歌も、兼実の屋敷で催された歌合に出詠された歌であるとされる。

皇嘉門院とは、崇徳天皇の皇后・聖子の院号である。院号とは、皇族の女性で、上皇に準じた待遇を受ける人への尊称で、贈られた人は女院と呼ばれる。女院には慣習として宮城の門の名がつけられ、聖子の皇嘉門は大内裏の南面にある門のことである。

難波江は、現大阪市・大阪湾の湾岸、海遊館やUSJと広がる辺りか。当時は葦が繁茂した大湿原で、海鳥の鳴き声も旅情を掻き立てたことでしょう。能因法師(69番)の項でも触れたように、単なる地名ではなく、歌枕として、儚い恋をも象徴しています。

別当の作歌数は必ずしも多くはない。勅撰和歌集に入集された歌は9首で、その内7首は恋の歌であると。


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
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