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↑それぞれはか細いけど、集まって咲いて勢いになっている草花
弱わっている時ほど、人は、
人からエネルギーをもらう必要があると、つくづく思う。
この震災。
大勢の人と接することの有効性を特に感じる。
避難所にいると、皆、安心感を得るのも然り。
たくさん集まることで
人同士のエネルギー交換があるのだろう。
こんなエピソードがある。
地震後、一人暮らしで眠れなかった母親が
娘が様子を見にもどり
添い寝をしたら、余震があっても起きず
13時間眠り続けたそうだ。
安心感=人からもらう無意識の愛であり、エネルギーなのだ。
かくいう私も、子どもだけ横浜に戻り
一人寝になり、
お世話せずにいられて、気が楽で
せいせいしたかといえば、真っ赤な嘘で
全然眠れない、笑。
余計に怖い。
自分が子どもを守っているつもりだったが、
その実、
安心して眠る子どもからの、エネルギーのおすそ分けを
もらっていたんだ!ということに気がつく。
地域の会合も、こんな時だから延期しようという考えと
こんな時だから、皆顔を合わせよう!
と、私は後者に賛成。
実際に自分が主催する会を延長しなかった。
もちろん、関係者には相談した。
結果は、開催してよかった。
途中、余震もあったが、
多くの人といると、恐怖心が和らぐのを感じた。
そして、エピソードをもう一つ。
私が仕事で留守。母だけが留守番という日があった。
その日は、余震がもっとも少なかった日だ。
ところが、本人曰く、今日は余震が大きかったという。
それは、、、多分、錯覚。
もちろん、ゼロでないが、私の感覚でもデータでも
大きな余震はなかった。
つまり、一人で過ごすと、より不安感が増し、あるいは
恐怖感が増し、大きな感覚になるという訳だ。
こうしてみてくると、人はある程度交わって過ごした方が
良いということになる。
もちろん、赤の他人がいる場所では、
良い気の流れだけではないだろう。
だからこそ、自分自身は、イライラではなく
落ち着きと、優しさ、穏やかさを心がけたい。
人と接するときに、気持ちのよいエネルギーを
提供できる人間になりたい。
そう、心底思う。なかなか、難しいけど。
我慢しないで、男性も女性も若くても元気でも年配者でも
無理せず、人と関わっていこうよ!
そんなことを上手に伝えられるといいなぁ。
そして、実践できるといいなぁ。