ジョセフ・ゴードン=レヴィット主演、ジョナサン・レヴィン監督、『50/50』、11/23、大洋メディアホールでの試写会にて鑑賞。2011年44本目。
2011年の試写会はさすがに11/17の『タンタンの大冒険』で終わりだろうと思っていました。
が、違ったんですよね、翌週の『50/50』の試写会も当たったのです。
これにはビックリしました。
なぜかというと、この試写会はシネコンに設置された応募ボックスで希望者を募る通常の試写会ではなく、新聞広告で希望者を募るタイプの試写会だったからです。
その定員、わずか十組二十名。
そんな極少の確率の試写会に当たるわけがない、って思ってましたよ。

でも、当たっちゃったんですよねぇ、、、これには本当にビックリしましたね。
たぶん、これまで当選したものの中では一番確率が小さいと思います。
出来れば、高級車とか旅行とかが良かったんですが(贅沢を言ってるよ)。
さて、本作はいわゆる難病ものです。
難病ものはこれまで数限りなく作られてきましたが、コメディってことが目新しいかな。
いや、そうでもないか、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの共演で『最高の人生の見つけ方』という映画がありましたね。
でも、生存率50%の末期ガンからの帰還者が脚本を書いたコメディは、おそらく本作が最初で(最後で)しょう。
つまり、本作は末期ガン患者の実体験を元に書かれた、というのがウリなわけです。
しかし、、、本作にはそこまでのリアリティは感じられなかったかな。
例えば、主人公のアダムは、ラジオ局に勤めているという設定なのですが、彼が今一番熱心に取り組んでいる仕事が火山のドキュメンタリーなんです。
ラジオで火山のドキュメンタリー???
火山の爆発って、映像があって初めて迫力を感じられるものですよねぇ?それどころか、映像さえあれば音声がなくてもいいぐらいで。
それをラジオで流すって一体…?
自分は最初何かしらのメッセージなのかと思いましたよ。もしくは脚本家なりのギャグなのか。
でも特に意味はなかったみたいです。
考えるだけ損でした。
それから、アダムが受けるカウンセリングのセラピストが二十四歳なんですよ。しかも胸元が開いた服装の美人ちゃん。
その美人のセラピストが「これが私のやり方なの」とか何とか言って、アダムの体にやたらベタベタ触りまくるんです。
ほとんど女性セラピストと男性患者という設定のイメクラかと思いましたよ(いや、イメクラには行ったことないですけどね!!ほんとです!!)。
そして最終的に手術が成功したアダムとセラピストは付き合うことになるんです。それもスゴイ軽いノリで。お互い彼氏彼女がいないし、付き合ってみよっか、みたいな感じ。
ないわー、ものすごくないわー。ありえんっつーの。
末期ガン患者のカウンセリングを経験が少ない新米セラピストが受け持つっていうこともないと思うし、患者にベタベタ触りまくるカウンセリングもないと思うし、患者とセラピストが軽いノリで付き合うこともないと思うし、ともかく本作で重要な位置を占める主人公とセラピストの交流の部分が全部嘘っぽいんです。
確かに本作は実体験を元に書かれたシーンもありました。ガン患者であることをネタにナンパに勤しむとか、同じように闘病していたガン患者の仲間がある日突然いなくなるとかね。
でもそれと同じぐらい闘病中に抱いた妄想を元に書かれたんじゃないかというシーンもありました。
特にアダムとセラピストの絡みは、実際には七十歳ぐらいのジーサンのセラピストからカウンセリングを受けていた脚本家本人の、どーせなら、美人のセラピストからカウンセリングを受けてーよー、そんでもって完治した暁にはそのセラピストとラブラブしてーよー、という妄想によって生み出されたのではないか、と思えてなりません。
まぁ実体験の部分が50%、妄想の部分が50%で、『50/50』というタイトルは合ってるのかもしれませんね。笑。
ところで先日、ある方から、もっと素直に映画を観て、素直に感動されては如何ですか?そんなひねくれた映画の見方をしていては人生損しますよ、といわれたんですが、自分としてはめちゃめちゃ素直に映画を観てるつもりなんですけどね。
めちゃめちゃ素直に映画を観て、そしてラジオで火山のドキュメンタリーなんてどう考えたってありえない!末期ガン患者のカウンセリングを新米セラピーが受け持つなんてどう考えたってありえない!と思うのです(その可能性を肯定するのはサンタクロースの存在を肯定するのと同じぐらい自分には難しい)。
まぁ因果な映画鑑賞法ではありますが、今さらそのスタンスを変えられるとも思えないので、これからも素直にひねくれて映画を観ていきたいと思います。
お気に入り度は★★☆、お薦め度は★★★☆(★は五つで満点、☆は★の半分)です。
2011年の試写会はさすがに11/17の『タンタンの大冒険』で終わりだろうと思っていました。
が、違ったんですよね、翌週の『50/50』の試写会も当たったのです。
これにはビックリしました。
なぜかというと、この試写会はシネコンに設置された応募ボックスで希望者を募る通常の試写会ではなく、新聞広告で希望者を募るタイプの試写会だったからです。
その定員、わずか十組二十名。
そんな極少の確率の試写会に当たるわけがない、って思ってましたよ。

でも、当たっちゃったんですよねぇ、、、これには本当にビックリしましたね。
たぶん、これまで当選したものの中では一番確率が小さいと思います。
出来れば、高級車とか旅行とかが良かったんですが(贅沢を言ってるよ)。
さて、本作はいわゆる難病ものです。
難病ものはこれまで数限りなく作られてきましたが、コメディってことが目新しいかな。
いや、そうでもないか、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの共演で『最高の人生の見つけ方』という映画がありましたね。
でも、生存率50%の末期ガンからの帰還者が脚本を書いたコメディは、おそらく本作が最初で(最後で)しょう。
つまり、本作は末期ガン患者の実体験を元に書かれた、というのがウリなわけです。
しかし、、、本作にはそこまでのリアリティは感じられなかったかな。
例えば、主人公のアダムは、ラジオ局に勤めているという設定なのですが、彼が今一番熱心に取り組んでいる仕事が火山のドキュメンタリーなんです。
ラジオで火山のドキュメンタリー???
火山の爆発って、映像があって初めて迫力を感じられるものですよねぇ?それどころか、映像さえあれば音声がなくてもいいぐらいで。
それをラジオで流すって一体…?
自分は最初何かしらのメッセージなのかと思いましたよ。もしくは脚本家なりのギャグなのか。
でも特に意味はなかったみたいです。
考えるだけ損でした。
それから、アダムが受けるカウンセリングのセラピストが二十四歳なんですよ。しかも胸元が開いた服装の美人ちゃん。
その美人のセラピストが「これが私のやり方なの」とか何とか言って、アダムの体にやたらベタベタ触りまくるんです。
ほとんど女性セラピストと男性患者という設定のイメクラかと思いましたよ(いや、イメクラには行ったことないですけどね!!ほんとです!!)。
そして最終的に手術が成功したアダムとセラピストは付き合うことになるんです。それもスゴイ軽いノリで。お互い彼氏彼女がいないし、付き合ってみよっか、みたいな感じ。
ないわー、ものすごくないわー。ありえんっつーの。
末期ガン患者のカウンセリングを経験が少ない新米セラピストが受け持つっていうこともないと思うし、患者にベタベタ触りまくるカウンセリングもないと思うし、患者とセラピストが軽いノリで付き合うこともないと思うし、ともかく本作で重要な位置を占める主人公とセラピストの交流の部分が全部嘘っぽいんです。
確かに本作は実体験を元に書かれたシーンもありました。ガン患者であることをネタにナンパに勤しむとか、同じように闘病していたガン患者の仲間がある日突然いなくなるとかね。
でもそれと同じぐらい闘病中に抱いた妄想を元に書かれたんじゃないかというシーンもありました。
特にアダムとセラピストの絡みは、実際には七十歳ぐらいのジーサンのセラピストからカウンセリングを受けていた脚本家本人の、どーせなら、美人のセラピストからカウンセリングを受けてーよー、そんでもって完治した暁にはそのセラピストとラブラブしてーよー、という妄想によって生み出されたのではないか、と思えてなりません。
まぁ実体験の部分が50%、妄想の部分が50%で、『50/50』というタイトルは合ってるのかもしれませんね。笑。
ところで先日、ある方から、もっと素直に映画を観て、素直に感動されては如何ですか?そんなひねくれた映画の見方をしていては人生損しますよ、といわれたんですが、自分としてはめちゃめちゃ素直に映画を観てるつもりなんですけどね。
めちゃめちゃ素直に映画を観て、そしてラジオで火山のドキュメンタリーなんてどう考えたってありえない!末期ガン患者のカウンセリングを新米セラピーが受け持つなんてどう考えたってありえない!と思うのです(その可能性を肯定するのはサンタクロースの存在を肯定するのと同じぐらい自分には難しい)。
まぁ因果な映画鑑賞法ではありますが、今さらそのスタンスを変えられるとも思えないので、これからも素直にひねくれて映画を観ていきたいと思います。
お気に入り度は★★☆、お薦め度は★★★☆(★は五つで満点、☆は★の半分)です。