この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

八女観光に行ってきました。その2。

2016-08-15 13:03:47 | 旅行
 正直、献燈祭が行われる大淵に行くのに少しばかり不安がありました。
 というのも、この日上陽に行く際、カーナビに道案内をさせたのですが、田主丸経由の山越えルートを指示されたのです。
 こら、カーナビ!他にまともなルートがあるのに離合も出来ないような道を指示するんじゃない!!内心ドキドキものだったぞ。
 あ、そう言えば「離合」って方言らしいですね。「すれ違うこと(が出来る)」という意味で、九州ではフツーに使います。

 それで大淵に行く際もどんなとんでもないルートを通させられるのかと戦々恐々だったのですが、ごく普通の道幅の県道で行きました。ほっ。
 5時過ぎだったかな、無事大淵に到着しました。
 献燈祭が始まるまでまだ時間があったので持参していたおやつで少しばかり腹ごしらえをしました。

 6時40分すぎ、夕日が稜線に沈みかけたころ、開会式があり、第一陣の燈籠が空に向かってゆっくりと放たれました。


   

 
 空に浮かぶ燈籠は幻想的でとても美しかったですよ。


   

 火のついた燈籠を空に放って山火事になったりはしないのだろうか、と事前に疑問に思ったのですが、何のことはない、燈籠はすべて凧のように糸がついていました。そりゃそうだね、火のついた燈籠があっちこっちに飛んで行ったら危険で仕方ないもの。

 と思っていた矢先、燈籠の一つの糸が切れ、会場のグラウンドを離れ、遠くに飛んで行ってしまいました。大丈夫なのか、ほんと。
 まぁでも関係者で慌てている人はいなかったのでこれも想定内のことなのでしょう。

 やがて夕日が完全に沈み、夜のとばりが下りました。


   

 カメラの性能の関係でこの程度の写真しかありませんが、日が残っていたときとはまた違う趣きがありましたよ。

 7時半過ぎ、祭りは半ばでしたが、お袋が疲れたというので退散させてもらうことにしました。
 献燈祭、何時まであったんだろう?まだ相当数の燈籠が空へと解き放たれる時を待っていたけれど。

 【大淵献燈祭】、観に行ってよかったです。
 ただ、来年も行くか、と聞かれたら、正直厳しいものがありますね。やっぱり大淵って遠いですからね。
 でも、献燈祭に行ったことがない、お盆休みは特に予定もないという人は、来年行ってみてもいいのではないでしょうか。
 その際、星野村でお茶を飲むのと上陽の【ふるさとわらべ館】で泥団子作りを忘れずに♪

 以上です。
コメント (2)
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