白雲去来

蜷川正大の日々是口実

車窓の景色に若い頃のことが消えては浮かんだ。

2012-08-07 18:39:16 | インポート

八月五日(日)晴れ。

 朝七時に起床。日曜日とあって私以外はまだ寝ている。簡単な朝食をとる。一日のうちで、朝食が一番好きだ。いい歳をして恥ずかしいが、朝お腹が空いて目が覚める時がある。

 今日は、三崎の名浜という海水浴場にて私が役員の末席を汚している菊水国防連合の懇親のBBQがある。京急の井土ヶ谷から電車に乗って三崎口まで。約一時間、電車の車窓から見る景色を眺めていると飽きない。高校の頃は、やはり京急に乗って学校に通った。学校のある駅は「八つ坂」という名前だつたが、いつの間にか「能見台」などという名前に変わった。

 私が、高校生の頃と言えば、昭和四十一年。今からもう四十四年も前のことだ。その頃は、一つ手前の「富岡」にも海水浴場があって、金沢文庫や八景にも遠浅の海があった。学校の前にあった結核療養所の芝生で練習したものだが、目の前は海だった。学校の裏には進駐軍の射撃場があって、授業をしていると、パンパンパンと拳銃の音が聞こえてきたものだ。

 それから約半世紀が過ぎて、今では車窓から海など全く見えなくなった。追浜という駅の裏には鷹取山という裸の切り立った岩ばかりの山があって、中学の二年の遠足で行った。そういえば、十代の終わりの頃に、追浜に実家のあったカワズミマリコさんという女の子と付き合っていたことがあった。電車の車窓の景色のように、次から次と過ぎし日のことが浮かんでは消えて行った。

4_2※鷹取山にて。左から洞(ほが)君、犬塚君、蜷川、米谷君。中学二年生の遠足。

十一時少し前に三崎口に着いた。駅には菊水の若い人が迎えに来てくれていて、何度か来たことのある海岸へ向かった。新しく会長になった田代厚氏や大塚正美総裁、明鏡会の仲程会長、周本昌山大行社副会長らも着。知った人たちばかりで楽しいBBQとなった。二時前に、小川君に送って頂き帰宅。

 二時間ほど寝てから、カメ&アコちゃんたちと久しぶり「清水苑」で食事。いい一日だった。


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