三月二十日(金)曇り。地下鉄サリン事件から20年。
午後から事務所へ。『国民新聞』の最新号が届いていた。思えば発行人の山田惠久先輩とは長いお付き合いをさせて頂いている。会合や運動の直会ではいつも一緒になるので、どちらかと言うと運動の場よりも酒席の方が顔を合わせる回数は多かったのかもしれない。
その山田先輩の発行する『国民新聞』の一面に驚くことが書いてあった。最新号は第一九二〇二号と言うのだから凄い。その伝統のある新聞が休刊すると言うのだ。その理由が書かれていた。
「冠省 明治二十三年に徳富蘇峰が「言論報国」の理念を掲げて創刊した小紙『国民新聞』は、この程つひに矢玉尽き、刀折れ、「言論千早城」は落城。三月二十五日付発行をもつて休刊することになりました。リーマン・ショック以前からの超過債務が重しになり、もうこれ以上前に進める状況ではなくなりました。挙句に一月末にわたくしが悪性脳腫瘍に罹患してゐることも判明し、小紙の発行は残念乍ら断念せざるを得ません」。
全く他人事ではない。民族派の機関誌・紙の中で読者の購読料のみで発行をしているものは少ない。いや例え購読料を頂いているとしても、そのほとんどが赤字経営であると思う。もちろん私の発行している『燃えよ祖国』だって同じだ。ではなぜ発行を続けているのかと言われたら、「意地」であるとしか言いようがない。また先に逝った人のことを思ったならば、資金はともかく体が健康である限りは、私のその戦いを放棄するわけには行かない。山田先輩も今回の決定は断腸の思いだったに違いあるまい。
愚痴のようになって申し訳ないが、来月からクロネコ・ヤマトの「メール便」が廃止され、通常郵便で発送しなければならない。そうなると今までの郵送費に加えて三万円以上の出費となる。何とかコストダウンと考えていたら、お世話になっている人から印刷機のリース会社を紹介された。何枚印刷しようが一定の金額で済むと言う。メンテナンスもインク代も料金に入っていると言うので、今までの印刷機よりは多少画質は落ちるが背に腹は代えられない。三月に一度トナーの交換をすると四本で十万円近い。これがクリアーになるだけでも助かる。もちろん今まで以上に努力をしてより多くの人たちに理解と支援をして頂く以外に道はない。何と言っても人に頼まれたわけでもなく、商売でやっている訳でもない。運動の一環として機関誌を発行しているのだから頑張らなくては。山田先輩も私も政治家の仲介をしてキックバックを貰うほどの大物でもないしなぁー。コツコツやるしかないか。
地下鉄サリン事件から二十年か。その時は新橋駅から地下鉄に乗って赤坂のみすじ通りにあった野村事務所・二十一世紀書院へ行く途中だった。出勤が遅かったこともあり、その惨事に巻き込まれることはなかったが、けたたましいサイレン、慌ただしく行き交う人を見て、凄いことが起こったと言う緊張感を感じたのを覚えている。結局、道路が混んでいたこともあって新橋から赤坂まで歩いて行った。オウムの事件もそうだが、イスラム国や今回のチュニジアでの無差別テロ。本来は衆生救済を理念とする宗教が、無差別に何の関わりもない人たちを殺害する。一生やっていろと正直思うが、日本と日本人が無関係でいられないことが、何とも歯がゆい。
午後から事務所へ。『国民新聞』の最新号が届いていた。思えば発行人の山田惠久先輩とは長いお付き合いをさせて頂いている。会合や運動の直会ではいつも一緒になるので、どちらかと言うと運動の場よりも酒席の方が顔を合わせる回数は多かったのかもしれない。
その山田先輩の発行する『国民新聞』の一面に驚くことが書いてあった。最新号は第一九二〇二号と言うのだから凄い。その伝統のある新聞が休刊すると言うのだ。その理由が書かれていた。
「冠省 明治二十三年に徳富蘇峰が「言論報国」の理念を掲げて創刊した小紙『国民新聞』は、この程つひに矢玉尽き、刀折れ、「言論千早城」は落城。三月二十五日付発行をもつて休刊することになりました。リーマン・ショック以前からの超過債務が重しになり、もうこれ以上前に進める状況ではなくなりました。挙句に一月末にわたくしが悪性脳腫瘍に罹患してゐることも判明し、小紙の発行は残念乍ら断念せざるを得ません」。
全く他人事ではない。民族派の機関誌・紙の中で読者の購読料のみで発行をしているものは少ない。いや例え購読料を頂いているとしても、そのほとんどが赤字経営であると思う。もちろん私の発行している『燃えよ祖国』だって同じだ。ではなぜ発行を続けているのかと言われたら、「意地」であるとしか言いようがない。また先に逝った人のことを思ったならば、資金はともかく体が健康である限りは、私のその戦いを放棄するわけには行かない。山田先輩も今回の決定は断腸の思いだったに違いあるまい。
愚痴のようになって申し訳ないが、来月からクロネコ・ヤマトの「メール便」が廃止され、通常郵便で発送しなければならない。そうなると今までの郵送費に加えて三万円以上の出費となる。何とかコストダウンと考えていたら、お世話になっている人から印刷機のリース会社を紹介された。何枚印刷しようが一定の金額で済むと言う。メンテナンスもインク代も料金に入っていると言うので、今までの印刷機よりは多少画質は落ちるが背に腹は代えられない。三月に一度トナーの交換をすると四本で十万円近い。これがクリアーになるだけでも助かる。もちろん今まで以上に努力をしてより多くの人たちに理解と支援をして頂く以外に道はない。何と言っても人に頼まれたわけでもなく、商売でやっている訳でもない。運動の一環として機関誌を発行しているのだから頑張らなくては。山田先輩も私も政治家の仲介をしてキックバックを貰うほどの大物でもないしなぁー。コツコツやるしかないか。
地下鉄サリン事件から二十年か。その時は新橋駅から地下鉄に乗って赤坂のみすじ通りにあった野村事務所・二十一世紀書院へ行く途中だった。出勤が遅かったこともあり、その惨事に巻き込まれることはなかったが、けたたましいサイレン、慌ただしく行き交う人を見て、凄いことが起こったと言う緊張感を感じたのを覚えている。結局、道路が混んでいたこともあって新橋から赤坂まで歩いて行った。オウムの事件もそうだが、イスラム国や今回のチュニジアでの無差別テロ。本来は衆生救済を理念とする宗教が、無差別に何の関わりもない人たちを殺害する。一生やっていろと正直思うが、日本と日本人が無関係でいられないことが、何とも歯がゆい。