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白雲去来

蜷川正大の日々是口実

一献会。

2019-06-25 18:45:52 | 日記
六月二十一日(金)晴れ。

六時前に、えいやっと起きた。口をモンダミンで漱いでから「タピポ茶」をグビりと飲んでから朝食。昨日のスキヤキの残りを卵でとじた物と紅鮭、シジミの味噌汁。昼は、一口大のおにぎり二個。夜は、いつも何かと応援をして頂いている方から声を掛けて頂き、平塚行。

五時に松本佳展君と友人の三ちゃんに迎えに来て頂き、平塚へ。お世話になっているI氏のご尊父の経営する料理屋へ。一年ぶりにお会いする人や初めての人たちとの一献会。料理は極上で、肴はもちろん、人も良し、酒も良しで、大満足。その後、一軒転戦して十時過ぎに解散。途中、保土ヶ谷バイパスが事故で大渋滞。一時間以上も足止めを食ってしまった。私は寝ていたから良かったが、松本君や運転をして頂いた三ちゃんには申し訳なかった。

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啄木が買ったのは百合の花らしい。

2019-06-24 12:59:33 | 日記
六月二十日(木)曇り。

読み終えてしまうのが惜しい、と思ったのは、最近では『黄砂の籠城』。『アルキメデスの大戦』は、久しぶりにそんな思いのした本だった。昨夜は、本を読むために酒を控えたので、すっきりと起きられた。

朝食は、アジの干物、豆腐のソテー、ウェイパーを使った卵スープ。昼は、コンビニのメンチカツ・バーガー。夜は、スキヤキ、ナスと豚肉の炒め物、カツオ、お供は「黒霧島」。

朝食後は事務所へ。機関誌の二百五十号記念号の校正。もう一息である。もっと色々な人に読んでもらいたいと思ってはいるが、印刷費や郵送料などの経費のことを考えると、現在の部数が精一杯である。良い内容のものにして、もっと購読者を増やさなければと思っている。

今日は、愚妻の誕生日である。お祝いの食事会は先日済ませたので、今日は、家族で自宅でお祝い。事務所の近くの商店街へ行き、花を買い自宅に戻る。この妻に「花を買う」時、いつも頭に浮かぶのが石川啄木の詩集『一握の砂』の中の「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ」の歌である。ふと、啄木は、妻に対して何の花を買ったのだろうかと思ってちょっと検索したら、啄木を研究している方の頁があり、その方によれば、啄木が買ったのは「百合の花」であると。この歳になって出世?した友を羨む気など毛頭もないが、毎日健康でいられれば良いと思うだけ。私は、大ぶりのバラを買って帰宅。

夜は、スキヤキをメインにして愚妻の誕生日を祝った。社友より、手作りのケーキが届き。祝いの食卓が華やかになった。家族皆健康で恙なしや。

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『アルキメデスの大戦』が面白かった。

2019-06-24 12:43:38 | 日記
六月十九日(水)晴れ。

午前中全く起きられなかった。深酒は体に毒だとは分かっていても、勢いが理性を越えてしまう。いい歳をして猛省。午後から、東京にて私が役員の末席を汚している大行社の幹部会議があり出席。朝食をとっていなかったので、駅中の「杵屋」といううどん屋さんで、昼食を兼ねての食事。「カツ丼セット」九百五十円也。

電車の時間に間があったので、駅中の書店で、来月に劇場公開される『アルキメデスの大戦』(佐野昌著・講談社文庫)の原作を購入。薄い文庫だし、かつ値段も安いので、気軽に買ったが、これが面白くて、一瞬でハマッてしまった。

二時半に東京着。三時に会議。毎月会議を行い、機関誌を発行し、日々の街頭活動も欠かさない。私が知る限りにおいては、単一団体では日本屈指の団体であると思う。相談役として一言、ご挨拶をさせて頂いた。終了後は、六本木のお店で、懇親会。帰宅後も、『アルキメデスの大戦』を読む。

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人が不快になるようなことは、言わない。

2019-06-21 10:43:27 | 日記
六月十八日(火)晴れ。

料理に関するエッセイストとして有名な平松洋子さんの『焼き餃子と名画座』(新潮文庫)と言う本の中にこんな物があった。「東京は白山通りを水道橋方向へ歩いた左側に昭和の趣を漂わせる小さな中華料理店である。(中略)北京亭の箸袋にこうかかれているのを読んだことがある。「世界中、どこの国の人も、自国に誇りを持ちたいと思っています。大国でも小国でも同じです。私たち中国人は、日本の人がわが国を『シナ』と呼ぶとき、耐えがたい抵抗を感じます。中国人が祖国を『シナ』と呼んだことはありません。同じ漢字を用いる日本の人が中国を『シナ』と呼ぶとき、私たちはどうしても日本人が中国を侵略し、中国人を侮っていた頃の歴史を想起してしまうのです。両国人民の子々孫々の友好のために、どうか『シナ』といわず、『中国』と呼んでください。正式国名は『中華人民共和国』です。北京亭主人敬白」。

人が聞いて不快になるのなら改めれば良いだけの話である。でも、今の若い人に『シナ』などと言う言葉を使う人がいるのだろうか。私にも、デブだとかハゲだとか言うよりも、「ちょっと太ったね」とか、「髪の毛が薄くなったね」とか言って貰う方が、余り傷つかない。嫌がることはしないと言うのが、大人のマナーでもある。

夜は、月に一度の仲良しさんたちとの食事会を馬車道の「佐島」にて開催。ここで同級生より、知り合いの方の自裁を知る。何があったのかは知らないが、残念である。ニュースでは、新潟に地震とか。同胞の無事を祈るばかりである。

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余に問う、何事か陋屋に住むかと。

2019-06-21 09:48:58 | 日記
六月十七日(月)晴れ。

六時に起きて、上の子供と一緒に食事。鮭の頭、白菜のおしんこ、あさりの味噌汁。鮭の頭にあさりの味噌汁何て、最強の朝食である。しかし、鮭の切り身はいくらでも買えるが、頭だけは中々売っていないから厄介だ。昼は、おにぎり一つ。夜は、カツオ、ブリ、笹カレイ。お供は「三岳」酔狂亭にて、月下独酌。

我が家は、山中と言うほどではないが、歩いて通うのにはかなり不便である。めったにないが、大雨、雪の日などは一切出かけずに。籠城を決め込む。そんな時に、ふと李白の「山中にて俗人に答える」という詩が浮かぶ。

「山中答俗人」
問余何事栖碧山 余に間う 何事か碧山に栖(す)むかと
笑而不答心自閑 笑って答えず 心自ずから閑なり
桃花流水沓然去 桃花流水沓然として去り
別有天地間 別に天地の人間(じんかん)に非ざるあり

世間の人々は、どうしてこんな山奥に住んでいるのかとたずねる。私はただ笑って答えないが、まことにのんびりとこの環境を楽しんでいるのだ。ごらん、桃の花びらが川面に浮かんでゆったりと流れ去り、俗世間とはまったく異なる風情があるではないか。時には、こんな一時をもってみたいものだ。

一応、我が家の庭には、築山と川が流れている。だから静かにしていると李白の思いが伝わる。羨ましい。ですって。何言ってんの「質の流れ」に「借金の山」ですよ。

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