スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ヒューリック杯白玲戦&死の報知

2024-09-22 18:58:46 | 将棋
 奈良で指された昨日の第4期白玲戦七番勝負第三局。
 福間香奈女流五冠の先手。双方がなかなか態度を現しませんでしたが,後手の西山朋佳白玲が向飛車に。先手は居飛車を選択し,5筋位取りのような将棋。後手の振飛車穴熊を先手が抑え込みにいく将棋になりました。
                            
 先手が角の成り込みを狙った局面。飛車を寄って受けるのは☗5三歩成がありますから☖4五桂と角筋を通して受けました。☗同歩で先手の桂得に。
 後手は☖7四歩☗6六角と追ってから☖5四銀とぶつけました。ただこれは☗同銀☖同飛のときに☗5五銀と打たれ,☖5一飛と逃げたときに☗4四歩と取り込まれることに。
                            
 先手の狙いは抑え込みなので,駒損しても食い破ってしまえば戦えるのですが,これではかえって抑え込みが強まって桂馬を損しただけの後手が著しく不利になりました。☖7四歩のところで☖5四銀とすぐにぶつけるか,☖5四銀とぶつけたところで☖4五歩と取り込んでおくかしておかなければいけなかったようです。
 福間女流五冠が勝って2勝1敗。第四局は28日に指される予定です。

 スピノザはユダヤ教会から破門された後は,アムステルダムAmsterdamのユダヤ人とは接触していなかったと思われます。ユダヤ人共同体でそのことが禁止されていましたし,スピノザからそれを望むということがあったとも思えないからです。したがって,スピノザとレベッカRebecca de Spinozaが最後に会ったのは,スピノザがユダヤ人共同体から追放される前であって,それ以降は接触していません。ですからそれ以降はスピノザはレベッカがどこで何をしているか知らなかったでしょうし,レベッカもスピノザがどこで何をしているのかは知らなかったと思うのです。もっとも,スピノザはオランダでは一定の知名度があったようですから,レベッカの方はスピノザのことを伝え聞くということがあったかもしれません。しかしスピノザがレベッカについて何かを知るということはまったくなかったでしょう。
 なので,おそらくスペイクは,スピノザにレベッカという姉あるいは妹がいるということを知らなかったでしょうし,ダニエルDaniel Carcerisという甥がいるということはなおのこと知らなかっただろうと思います。よってスピノザが死んだということを,スペイクがレベッカなりダニエルなりに知らせるということはできなかったと思います。一方,スピノザが死んだときにはマイエルLodewijk MeyerかシュラーGeorg Hermann Schullerのどちらかがそれを見守ったのですから,スピノザの友人たちは早い段階でスピノザの死を知ることになったでしょう。そうした友人の中には,スピノザがまだ破門される前からの商人仲間であったイエレスJarig Jellesがいました。なのでイエレスはたぶんスピノザの親族と面識があり,少なくともスピノザと一緒に商店を経営していた弟のガブリエルのことは知っていたのではないかと思われます。それ以降も連絡を取り合っていたかは分かりませんが,スピノザが死んだということを伝えることくらいはできたと思います。とくにレベッカはスペイクの家に行ったのですから,単にスピノザが死んだということを知るだけではなく,スピノザがどこに住んでいたのかということまで知ったとしなければなりません。そうしたことから考えると,スピノザの知り合いからスピノザの死を伝えられた可能性が高いかもしれません。
コメント
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