MXの「バラ色ダンディ」で苫米地英人も言ってたんだが
ヒトという種の生物は情動が理性の働きを抑制してしまう性質があって
これはヒトがヒトにまで進化する過程において先天的情動行動として組み込まれたものであり 大脳辺縁系の働きそのものはサルやワニとさしたる違いはなく 解剖学的にもほとんど一緒なのである
ヒトは 自分が産まれてからずっと「ヒト」であり 親兄弟や先祖も「ヒト」であるため あたかも神代の昔から「ヒト」だったような錯覚を持ってしまい まるで「先天的に人間性が組み込まれている」だの「自分の意識は常に合理的判断ができるはずだ」という過信を持ちがちだが
それこそが「錯覚」というものである
振り込め詐欺に騙されるのも そもそも振り込め詐欺に利用されるのも DV男から離れられないのも 意識が論理客観的判断能力を喪失して主観的感覚としての安心満足や恐怖だけで物事を判断する状態に陥っていることが根源的原因である
ヒトという種の生物は カンブリア大爆発から5億年の進化過程において ほんの数十万年前程度に出現した「新種」に過ぎない
それこそ一年のカレンダーに換算すれば 12月31日大晦日の最後除夜の鐘が鳴り始めるくらいの時間しか「ヒト」としては存在していないのである
しかも 「ヒト」というのは有史以来そのほとんどが戦争や独裁の連続であり たまたま平和な日本に産まれているため あたかも「ヒトというのは平和な存在だ」と倒錯しがちだが ほんの70年程前には原爆まで使う程の殺し合いをしていた生物種である
今でもウクライナやミャンマーやパレスチナでは殺し合いが収まらず アメリカでは9.11のテロの犠牲者に匹敵する程の銃乱射事件の犠牲が後を絶たないのである
苫米地は「恐怖で支配するのは危険」と言っていたが 先天的な認知的欠陥の危険性の主張に対して観念(主観)的恐怖心を抱いて「恐怖で支配しようとしている」などと解釈するのはバカの発想である
私が常日頃主張しているのは 「私の主張を鵜呑みにしろ」と言っているわけではなく 「自分の頭で物事を論理客観的に理解し 自分の頭で考えて判断しろ」と言っているのである
それが主観的に「怖い」かどうかは関係がない話である
危険なのは 論理客観的に物事を思考させないように誘導するために恐怖を利用することであって 主観的に「怖い」かどうかで物事を判断している時点で洗脳状態に他ならない
「怖い(主観的情動)」と「危険(論理客観的危険性)」は同じではないのである
この区別がつかないから「バカ」なのである
東大医学部に入学できる程の偏差値があってもオウム真理教を信じ込んでしまうことも
大学生のほぼ全員がイマヌエル:カントの「純粋理性批判」の内容を鵜呑みにしてしまうことも
自分の頭で論理客観的に検証し考えていない頭の悪さに原因があり
「偏差値=知能」という嘘を誰もが盲信しているのも一種の洗脳状態である
別に大学入試の問題というのは知能の本質を測るための認知科学的根拠に基づいて作られているわけでも何でもなく ただ大学で教えるのに教員が楽をするために振り落としているに過ぎないのである
苫米地英人も含めて講義講演や著書で金儲けを目的としている時点で情報隠蔽であって 身銭を切って教えられたことに対して「正しいはずだ」というバイアスがかかるのも一種の洗脳なのである
苫米地は洗脳の「手法」には精通しているものの メカニズム構造やそのプロセスに関してはほとんど何も知見を持っておらず 何も語らない
スタンレー:ミルグラムによる服従心理実験(通称「アイヒマン実験」)を取り上げてしまえば 学術権威的肩書が無効になってしまうことから 苫米地は取り上げようとはしないのであり これは一種の詐欺(洗脳)である
ヒトには先天的に「権威」と見なした服従対象を盲目的に信頼しておくことで気分的安心満足感を得る習性があり 苫米地のように肩書がズラズラ並んでいれば嘘や詐欺を働かないと信じたいのであろうが 情動的に「信じたい話」ばかりを信じようとしている時点で既に一種の洗脳状態なのである
本当に社会的安全性や持続可能性を「目的」としているのであれば 「著作を買え」だの「講演講義に金を払え」などと言わずにネット上で洗脳の構造やプロセスを無料で公開するべきであり 利己的金儲けを優先して情報隠蔽をしておいて善人ぶっている時点で詐欺洗脳に他ならない
Ende;