犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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毒ガスと沼気

2011年09月19日 | 日々
昨日はライブならぬ、"公開リハーサル"だったのだ。

打ち上げで、スタッフの方に
「で、本番はいつやるんです?」と言われ、
ハテ、と思った。


※ ※ ※

私より若い人におせーてあげる。
あのね、今はいろいろテストだの有って、いちいちたいへんだと思うけど、
評価される、ってのもいいもんよ。
だってね、齢喰ってくると、誰も褒めも叱りもしてくんなくなる。
どうすればいいかなんて、誰も教えてくんない。
全部、自分の責任よ。



例えば。
中高生のオケの中に一人混じって、何年間かチューバを吹いていた。
合奏中、何か指示が有ると先生は演奏を止めて
それぞれのパートや生徒にガツンと言う。
でもね、チューバはダメ出しゼロよ。
後輩たちだって、私がミスしても指摘できない。
もう、自分でやるしかない。
キツかったなぁ。

※ ※ ※


10年あまり参加している、ペンギンクラブのベーシスト
M氏が、宮古島に移住する、と言う。

オサラバである。

私をこのバンドに呼んでくれたのはM氏であり、
私はM氏の音色やタイミング感も好きであった。

それと、なんとなく自分と似たニオイを感じていた。
いえ、共通点と言えば、
いつもビーサン
スタジオで練習中も酒飲んでる
そんでも●に乗って来て●に乗って帰る
とか。
当時ね。

M氏と知り合ったのは、それ以前のバンドにいた頃のことだ。
私が20代を注ぎ込んだバンドは、月に一回くらいのペースで
ライブをしながら、プロになりたい気持ちでいた。(んだと思う)

当時M氏の勤めていたレコード会社には、インディーズレーベルが
ぶら下がっていた。
そこからCDを出そう、ということで、
現れたのがM氏だった。
あ、渋谷のクロコダイルで初めて会ったんだっけな。


俺はあのバンドが売れたら独立してやろうと思ってたんだ。
と、
昨夜M氏は言った。
そうだったのか。
私らはM氏の夢も背負っていたのか。

でもそのバンドはそのCDを作ってから、違ってしまった。
多分、ゲンインは私辺りで、私はバンドを抜けた。

もろくも崩れ去ったな。
と、
昨夜M氏は言った。


崩壊の前の時期、私は別のデビュー前夜のバンドの
ライブメンバーになっていた。
金こそ出ないが、お仕事モードである。

ホームバンドを離れて、なんとなく孤立感なども抱きながら
演奏を続けていたが、
インストアライブ(レコード屋の店内なんかで演奏する)などの時、
人垣の向こうにM氏の姿が見えることがよく有った。



なんというのか、どこかで何かやっていても見ていてくれる人、
ってのがいるのは、なかなかイイもんだ。
そういう存在とは、神だったり父親だったりするんだろうが。。
私のバンド生活にとっては、M氏だった。



私は幸い浴したことが無いのだが、
M氏は屁が非常に臭いとのことで、"一人草津"の異名を取っている。

そこでささやかな贈り物として、分子模型ストラップを。
メタン分子(CH4)と硫化水素(SH2)。

※ ※ ※


まあ、昨夜は言ってみればM氏の通夜のようなモノだったわけで。

ここで冒頭の話に戻るが。
そう考えてみると、「本番」は
M氏の葬式になるわけだ。うん。

そうだ。M氏がおっ死んだらまたイゾルデで楽しく演ろう!

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