「ちょっと一旦、輪を出ましょう。」
相手の男は仲間と何やかや言いながらもあとをついて来る。
「境内を出ましょう。商店会やお寺に迷惑をかけちゃいけない。」
男たちは私について来ると言うよりは、
私に逃げさせまいとして追っているといったところだろう。
屋台に並ぶ列や人混みの中、
小柄の私はスイスイと身をかわして進めるけれど、
ガタイのいい男たちは遅れを取る形になる。
相手を怒らせたら、適うわけが無い。
もしもこの男たちが、私のようなちんちくりんに対しても暴力を振るうような人間だったら、
それこそたまったものじゃない。
腹が立ったので思わず声が出てしまったけれど、
どうしたものか。
やっぱり逃げるか。
私は足を速めて境内の外へ出て、振り返り、男たちの位置を確認した。
振り返って待っているように見えたか、男たちはマイペースでこちらへ向かっている。
そこで私はスッと腰を落として、人の多いほうへ進んだ。
そしてもう一度境内に入り、次の曲を待つ踊りの輪をかいくぐり、
さっき自分がいた辺りに来た。
踊りの最中に再三、足を踏まれたので、曲が終わった時に
内側の輪にいた男に対して声をあげたのだ。
「何度も踏んで。痛えぞ。足くらい覚えてから輪に入ったらどうだ。」
現場にいた輪の人たちはちょうどそこにそのまま並んで立っている。
「さっきはお騒がせしてすみませんでした。」と、
私は頭を下げて腰を低くしたままそこを通り抜けた。
謝りながら歩いているように見えるが、隠れて進んでいるだけのことだ。
背後で怒声が聞こえるような気がする。
振り返らずに進む。
そのまま境内の裏手を目指した。
そして大きな国道沿いに出た。こちら側は人がいない。
ちょうど目の前の横断歩道の信号が点滅している。
走って渡った。
片側3車線の国道である。
夜でもあるし、道路の反対側にいる人は、
よほど目が良いか、目立つ相手でもないと、視認できない。
反対側の歩道に着いてから、振り返ってみたが、追手の気配は無い。
巨漢三人組なら見間違えることも無いだろう。
タクシーを拾うことも考えたが、
そのまま国道沿いの歩道を歩いて、地下鉄に乗って帰宅した。
※
相手は巨漢であった。
今までも、盆踊りの会場で何度も見たことの有る人たちだ。
揃いの浴衣を着て、格好よくきめている。
そのくせ、足が合っていないのだ。
盆踊りで、手振りはともかく、足を間違うと、
前後の人の足を踏んでしまう。
櫓のほうを向いて、右足を一歩出す、という場面で、
私の前にいた男が右足を一歩引いた。
踏まれた。
それが、巨漢で下駄履きなんである。
相手は気付いた様子も無かった。
こちらは素足に草履である。
踊りの輪は、内側の輪のほうが早く進む。
私を踏んだ男との位置はずれた。が、
安心できなかった。
その次の男も、同じ箇所で同じように間違うのだ。
また踏まれた。
「ぐっ」
同じ足が同じに踏まれるのだから、今度は声が出た。
しかしこれまた踏んだ男は気付かない。
同じような体格で同じように下駄を履いているのだ。
好きな曲なので、ここで踊りをやめたくない。
やめたらもっと腹が立つと思った。
しかし案の定、次も踏まれた。
「んぐっ」また声が出たが、やっぱり気付かれない。
賑やかな曲だし太鼓や鉦も鳴っているし、無理も無いけれど。
次の同じ拍の時、私は踏み出しながら、
思わず手が出て相手の身体を前へ押した。
しかし、巨漢である。ビクともしない。
そして、手で押されたことには気付いた。
刹那、振り返った顔はムッとしていた。
怒らせたかな、と思ったけれど、怒っているのはこっちだ。
曲が終わったら男はこちらに向いて、「なんなんだあんた」と言う。
思わず「こっちのせりふだ。」と返した。
両側の男たちもこちらに体を向けた。
「何度も踏んで。痛えぞ。足くらい覚えてから輪に入ったらどうだ。」
彼らにしてみれば、「何度も踏んで」はいない。
それぞれ一回しか踏んでいない。しかし私としては、
三人連れの三人ともに一回ずつ踏まれたのだ。
だから正確には「何回も踏まれて」と言うべきところだが
腹が立っているからそんな細かいことは言ってられない。
一回も踏んでいないつもりなのに「何度も」と言われ、
足「くらい」覚えろと言われ、相手も腹に据えかねるという顔だ。
という次第で、冒頭に戻る。
※
しまったな。
盆踊りを愛好する限り、彼らとはいつかまたどこかで会ってしまうだろう。
どうもめんどくさいことになった。
※
毎月一日は作り話を書いている。
四月だけでは物足りないのだ。
暑いし、腹も立つよね。
オーガストフール。
相手の男は仲間と何やかや言いながらもあとをついて来る。
「境内を出ましょう。商店会やお寺に迷惑をかけちゃいけない。」
男たちは私について来ると言うよりは、
私に逃げさせまいとして追っているといったところだろう。
屋台に並ぶ列や人混みの中、
小柄の私はスイスイと身をかわして進めるけれど、
ガタイのいい男たちは遅れを取る形になる。
相手を怒らせたら、適うわけが無い。
もしもこの男たちが、私のようなちんちくりんに対しても暴力を振るうような人間だったら、
それこそたまったものじゃない。
腹が立ったので思わず声が出てしまったけれど、
どうしたものか。
やっぱり逃げるか。
私は足を速めて境内の外へ出て、振り返り、男たちの位置を確認した。
振り返って待っているように見えたか、男たちはマイペースでこちらへ向かっている。
そこで私はスッと腰を落として、人の多いほうへ進んだ。
そしてもう一度境内に入り、次の曲を待つ踊りの輪をかいくぐり、
さっき自分がいた辺りに来た。
踊りの最中に再三、足を踏まれたので、曲が終わった時に
内側の輪にいた男に対して声をあげたのだ。
「何度も踏んで。痛えぞ。足くらい覚えてから輪に入ったらどうだ。」
現場にいた輪の人たちはちょうどそこにそのまま並んで立っている。
「さっきはお騒がせしてすみませんでした。」と、
私は頭を下げて腰を低くしたままそこを通り抜けた。
謝りながら歩いているように見えるが、隠れて進んでいるだけのことだ。
背後で怒声が聞こえるような気がする。
振り返らずに進む。
そのまま境内の裏手を目指した。
そして大きな国道沿いに出た。こちら側は人がいない。
ちょうど目の前の横断歩道の信号が点滅している。
走って渡った。
片側3車線の国道である。
夜でもあるし、道路の反対側にいる人は、
よほど目が良いか、目立つ相手でもないと、視認できない。
反対側の歩道に着いてから、振り返ってみたが、追手の気配は無い。
巨漢三人組なら見間違えることも無いだろう。
タクシーを拾うことも考えたが、
そのまま国道沿いの歩道を歩いて、地下鉄に乗って帰宅した。
※
相手は巨漢であった。
今までも、盆踊りの会場で何度も見たことの有る人たちだ。
揃いの浴衣を着て、格好よくきめている。
そのくせ、足が合っていないのだ。
盆踊りで、手振りはともかく、足を間違うと、
前後の人の足を踏んでしまう。
櫓のほうを向いて、右足を一歩出す、という場面で、
私の前にいた男が右足を一歩引いた。
踏まれた。
それが、巨漢で下駄履きなんである。
相手は気付いた様子も無かった。
こちらは素足に草履である。
踊りの輪は、内側の輪のほうが早く進む。
私を踏んだ男との位置はずれた。が、
安心できなかった。
その次の男も、同じ箇所で同じように間違うのだ。
また踏まれた。
「ぐっ」
同じ足が同じに踏まれるのだから、今度は声が出た。
しかしこれまた踏んだ男は気付かない。
同じような体格で同じように下駄を履いているのだ。
好きな曲なので、ここで踊りをやめたくない。
やめたらもっと腹が立つと思った。
しかし案の定、次も踏まれた。
「んぐっ」また声が出たが、やっぱり気付かれない。
賑やかな曲だし太鼓や鉦も鳴っているし、無理も無いけれど。
次の同じ拍の時、私は踏み出しながら、
思わず手が出て相手の身体を前へ押した。
しかし、巨漢である。ビクともしない。
そして、手で押されたことには気付いた。
刹那、振り返った顔はムッとしていた。
怒らせたかな、と思ったけれど、怒っているのはこっちだ。
曲が終わったら男はこちらに向いて、「なんなんだあんた」と言う。
思わず「こっちのせりふだ。」と返した。
両側の男たちもこちらに体を向けた。
「何度も踏んで。痛えぞ。足くらい覚えてから輪に入ったらどうだ。」
彼らにしてみれば、「何度も踏んで」はいない。
それぞれ一回しか踏んでいない。しかし私としては、
三人連れの三人ともに一回ずつ踏まれたのだ。
だから正確には「何回も踏まれて」と言うべきところだが
腹が立っているからそんな細かいことは言ってられない。
一回も踏んでいないつもりなのに「何度も」と言われ、
足「くらい」覚えろと言われ、相手も腹に据えかねるという顔だ。
という次第で、冒頭に戻る。
※
しまったな。
盆踊りを愛好する限り、彼らとはいつかまたどこかで会ってしまうだろう。
どうもめんどくさいことになった。
※
毎月一日は作り話を書いている。
四月だけでは物足りないのだ。
暑いし、腹も立つよね。
オーガストフール。
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