旅日記

旅の記録と紀行文を紹介する事でしょう。
写真は私が撮影したものを使用しています。

台湾のりもの紀行 竹田

2007-12-24 07:00:54 | 台湾日記

竹田驛園 竹田舊站 (台灣省屏東縣竹田鄉)
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時刻は正午前。今夜の宿は予約しているが、チェックインにはまだ早い。これからどうするか。市内観光でもよいが、寝不足で疲れており、あまり歩きたくない。列車に乗って、ガイドブックにも出ている竹田へ行ってみようと思う。昨年、この駅は枋寮から高雄へ戻る車窓から見ている。

すっかり慣れた自動券売機で切符を買おうと思うが、手持ちの硬貨では足りない。自動券売機では紙幣が使えないようだ。近くに両替機がないかと探すが見つからない。一階にある切符売り場へ行く。幸い窓口に列は出来ていない。窓口氏に行き先を伝えようとするが、竹田の読み方が解らない。今は「たけだ」ではないはずだ。筆談に備えてメモ紙は用意してきたが、一々書くのも面倒くさい。時刻表の竹田を指差して、ここまでと伝える。窓口氏が「竹田?」(中国語)と聞き返して、無事に切符は買えた。區間車で高雄-竹田間の車票は47元。100元紙幣でお釣りをもらう。

入場して月台へ向かう。ディーゼル機関車に牽引された客車列車が待っている。汽車は客車が一番。中国語では汽車は自動車、列車は火車だが。座席は回転式クロスシート。窓側の席に腰掛ける。便當(弁当)でも買って乗りたいところである。実際に便當売場はあるが、さっき牛肉拌麵を食べてきたところである。高雄始発の區間快175次は12時15分に発車した。車内は若い人が多い。つまり運転免許を取ったら、自動車・バイクに流れているのだろう。各駅で客は降りてゆく。高屏渓を渡り、高雄縣から屏東縣に入って屏東12時44分着。この先は単線非電化となり、ローカル線らしい風情となる。途中駅では小さな白い蝶が大量に飛んでいる。南国なんだなあと思う。そして竹田に13時03分到着。まだ列車が停止しないうちに扉を開ける。自動扉ではないのだ。止まると同時に月台に降りる。車掌が集札するのかと思ったが、意外にも駅員がいる。そして列車は枋寮へと去っていった。


旧駅舎と紀念石埤 (竹田驛園)

竹田車站は、大正8年(1919)に潮州線(現屏東線)頓物驛として開業。翌9年に地名の改称に合わせて、竹田驛と改称。現在の建物は昭和14年(1939)の建築とのこと。日本式の木造駅舎である。戦後、取り壊して、建て替える計画だったが、地元の人たちの努力で保存される事となり、駅舎と周辺は竹田驛園となっている。


月台の方から見た旧駅舎 (竹田驛園)

旧駅舎内は閉まっており、入れない。他にいた女性客は旧駅舎の前で写真を撮っている。鉄分の濃い人が来ているのではなく、普通の観光客が古い建物を見物している風である。昭和14年ではあまり古くはないが、南国の風景に日本式の数少ない木造駅舎という事に価値があるのだろう。日本人として大切に保存されている事が嬉しい。維持するのも大変だろう。日本では壊して貨車を改造した駅舎(待合室?)になった、見るに耐えない駅も多い。


尤もらしく鬼瓦なぞ撮ってみる (竹田驛園)


池上文庫 (竹田驛園)

池上一郎博士文庫ともあるが、池上一郎博士を存じ上げていない。ガイドブック等によると、昭和18年(1943)に当地の野戦病院の院長として赴任された軍医で、戦後に日本から寄贈した書籍が当文庫に収められているそうだ。残念ながらここも閉まっていた。


駅前より旧駅舎を望む (台灣省屏東縣竹田鄉)

趣のある旧駅舎から、一旦簡素な現在の駅舎(切符売り場とベンチがあるだけ)へ行って、高雄までの切符(47元)を買う。自動券売機はないので、駅員(委託かな?)から買う。旧駅舎を見ていたら「たかを」と言いたくなるが、「ガオシュンまで」と言って買った。(結局は日本語である)

新駅舎には自動券売機はないが、清涼飲料水の自動販売機はある。また竹田驛園内には喫茶コーナーもある。しかしアルコールが見当たらない。酒を求めて駅前の道を歩く。コンビニエンスストアもないのに、郵局(郵便局)はあるなあと歩いていたら、商店か、簡易食堂かといった店があり、店頭に南方系の顔立ちのおばはんがいる。
わし「啤酒有嗎?」(ビールあります?)
おばはん「有」(あります)
缶の台湾啤酒を冷蔵庫から出してくる。
わし「多少銭?」(なんぼ?)
おばはん「三十」
30元を払い、「謝謝」と言って店を後にした。これ以上の中国語会話は出来ない。


旧駅舎内部 (竹田驛園)

旧駅舎に戻ると、嬉しいことに戸が開けられていて、中に入れる。何か記念品か地元の特産品でも販売しているようだが、売り上げには貢献せずに、記念スタンプに熱心な女性に続いて押してゆく。「あら、日本人?」みたいな反応があった。旧駅舎内でラジカセで音楽を流している。唱歌「桃太郎」である。「桃太郎さん、桃太郎さん♪」の節だが、歌詞は中国語で歌われている。意味は日本語と同じなのか、違うのか解らない。桃太郎さん♪を聞いていて、ここは一体どこなのだろうかと思う。そして、これが台湾だとも思う。


台鐵 屏東線 竹田車站 (台灣省屏東縣竹田鄉)

そろそろ月台へ行き、列車を待つ。本当の駅舎は月台の端に設けられた簡素なものである。他の竹田驛園を観光した風な客と共にベンチに腰掛けていると、地元と思われる若い女性がやってきて、「ピントン」と言って切符を買っている。屏東を「へいとう」と読んだら何ともないが、中国読みだとかわいいな。


站名標(駅名標) (竹田)

1時間あまりの滞在で竹田を後にする。區間車176次、14時07分発。屏東へ行く女性が同じ車両に入るので、扉が閉まらないように抑えていたら、「謝謝」と言う。ここでパッと「没関係」くらい言えればいいのだが、頭に浮かばなかった。窓側の空席を求めて更に車両を移動する。ようやく席を見つける。進行方向と逆向きになっているので席を回すが、前の客がリクライニングを倒しているので、上手くいかないが、強引にまわす。衝撃があったので音楽を聴いていた男性がこちらを見る。「すみません」と言っといたが、ここは「對不起」が正解だろう。列車はもと来た線路を戻り、架け替えで廃線となった橋梁を見ながら高屏渓を渡り、高雄に14時55分到着した。 (つづく)


台鐵 屏東線 區間車 176次 (竹田)
いずれも民國96年11月25日撮影

台湾のりもの紀行 高雄

2007-12-23 11:00:06 | 台湾日記

高雄牛乳大王 中華店 (高雄市前金區)

高雄に到着した。時刻はまだ10時前。台湾に着いてから菓子パンをひとつ食べただけである。朝飯には遅く午飯には早いが、何か食べよう。駅構内にはファストフード店が開いている。店頭には「北海道豬排堡」なるメニューが。Tonkatsuとあるのでトンカツバーガーらしいが、北海道とトンカツが結びつかない。台湾の人は北海道好きだからかな。ちょっと興味もあったが、高雄には行ってみたいお店があったので、街へと出た。

駅から延びる中山路では、盛んに高雄捷運の工事をしている。中正路との交差点には、高雄車站の次の駅となる美麗島站が建設中である。美麗島とは台湾の別称 Ila Formosa (葡語)を訳したもの。南北を結ぶ紅線と、東西を結ぶ橘線の接続駅となる。工事で足元の悪い中を歩き、民生路を西に曲がり、中華路を渡ったところに、その店はあった。

高雄牛乳大王。創業は1966年とある。そのネーミングだけで行ってみたかったのだが、一昨年は店の前を通っただけで食事はしていない。今回、ようやく念願かなって店に入る。かなり以前にテレビの旅番組で紹介されたのを見て知ったから、十何年目になるのかな。店内には大きな作り物のホルスタインが置いてある。カウンターに行き注文する。腹が減っているので、ご飯ものを頼みたいが、この時間は出来ないという。店員は三明治(サンドイッチ)を勧めるが、腹にたまる物が食べたい。麵の文字があったので、これはと聞くと、出来るとの事。牛肉拌麵と看板メニューの木瓜牛乳(パパイヤミルク)のセット(145元)を注文する。飲み物はいくつからか選べる。ところで拌麵って何だろうか。見本の写真を見た限り、よく判らない。


牛肉拌麵套餐(145元) 牛肉拌麵と木瓜牛乳
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先に木瓜牛乳が運ばれてくる。意外と甘くない。ジューサーバーのミックスジュースの方がいいな。そもそもパパイヤといっても鈴木さんが踊っているイメージしかない。パパイヤ自体、食べた記憶がない。しばらくして牛肉拌麵が運ばれてきた。食べてみると汁無しの肉うどんといった感じ。牛肉の味付けもよく、うどんとつゆがからんでいて旨い。香菜らしき葉も見えるが、薬味としていい量だ。うどんと食べるには、あまり甘くない木瓜牛乳もちょうどいいか。店の前に設けられたテーブル席には、新聞を見たり、話をしている男性客が何人もいる。店内は禁煙かも知れない。その客らの前にもコーヒーカップではなく、木瓜牛乳などのカップが置かれている。一般的な飲み物なのだろう。食後にコーヒーが欲しくなったが、これで店を出る。


日本料理屋① (高雄市前金區)

別の道を歩いて駅へと戻る。すごい名前のラーメン屋があった。看板の文字がおかしい。


縦書きなのに「ー」の向きが!


日本料理屋② (高雄市前金區)

他の店は間違えていないよ。


日本料理屋③ (高雄市前金區)

ちょっと入って食べてみたい気もする。街を歩いていると、水菓子やお菓子をお供えして、線香を立てたテーブルを店の前に置いているところがあちこちに見られる。古風なお店だけでなく、ゲームセンターでもお供えのテーブルがある。何の日なのか、高雄だけの行事なのか、見当もつかない。昨年、晩飯を食べた六合夜市にさしかかる。この時間は夜市をやっていないので、全く別の場所のようである。

駅に戻り、改札階にある統一星巴克(STARBUCKS COFFEE)入る。メニュー(中文・英文)を見ながら注文する。英文を見ながら日本語読みをする。「アイスキャラメルマキアートのグランデを下さい」。注文は通った。Iced Caramel Macchiato(130元)。出来上がって渡されたカップを見ると、「日本人」と書かれていた。吹き抜けの側の席に座る。普通のコーヒーでよかったのに、メニューの目に付いたところを読んでしまったのだが、これは甘くて美味しい。しかしコーヒー1杯に130元というのは、なかなかいい値段である。吹き抜けの向こうに100円ショップのような店舗が見える。39元ショップだから、日本より高いのか。何やら日本語が見えるが、日本人向けではなく、台湾の人向けに書かれたのだろう。超はやめなさい、超は。 (つづく)


日奥生活良品館 (高雄市三民區)
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いずれも民國96年11月25日撮影


台湾のりもの紀行 左營

2007-12-17 11:00:37 | 台湾日記

高雄市孔子廟 (高雄市左營區)
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今度の旅の目的は高鐵に乗る事だから、今日このまま列車に乗って台北に戻ってもいい訳だ。しかし、わざわざ北回帰線を越えて南台湾まで来たからには、少しゆっくりして行きたい。台湾では歴史の長い台南を観光しようと思ったが、朝早すぎるので止めたというのは前述のとおりである。この高鐵の駅の近くに蓮池潭という景勝地がある。歩いて行ってみよう。

西側の臺鐵新左營車站から表へ出る。小規模な集合住宅があるばかりだ。電柱には不動産屋の出した看板が括り付けられている。今年になって駅が開業し、売り出し中の地区なのだろう。手書きで「高鐵」を「高鉄」と書いてある。「鉄」という字体を台湾では初めて見た。何でも繁体字という訳ではなさそうだ。「臺」を「台」とするのは活字でも見られる。活気のない駅前(駅裏?)を離れ、交通量の多い通りを渡って、蓮池潭の湖畔に出た。公園になっており、湖に面した道には散歩やジョギングをする人が見られる。自分も散策してみる。中国式の建築物が見える。孔子廟である。湖面に映って画になる。喜んで写真を撮っていたのは餐廳(レストラン)の建物だった。


高雄市孔子廟「大成門」 (高雄市左營區)

孔子廟の前の広場などでは多くの人が集まり、太極拳(と思う)をしている。剣舞をする人も見られる。日曜だから人が多いのか、平日もそうなのか判らないが、実にいい朝の風景を見た。異国に来たなと思う。肝心の孔子廟だが、まだ参観時間ではなかったので、大成門より中に入れず、お参りは出来なかった。高雄の孔子廟は清康煕23年(1684)に建てられたが、今の建物は民國65年(1976)に現在地に移転、竣工されたもので新しい。


北極玄天上帝 (高雄市左營區)

蓮池潭の西岸を南へと歩く。逆光の写真で申し訳ない。付近には孔子廟のほかにも寺廟が多い。湖岸の道は整備されているが、一部が工事中(補修?)のため、恐る恐る車道を歩く。


龍虎塔 (高雄市左營區)

ガイドブックにも載っている龍虎塔。ここには朝から観光バスが来ていた。まだ8時過ぎである。ツアー客は朝からご苦労さんである。日本のツアー客ではなかった。これで蓮池潭の南端まで歩いた。北端まで歩いて一周はせず、新左營の隣の駅の左營を目指す。縦貫線の平交道(踏切)があり、「停看聽」と書いてある。停まらないし、見ないし、聞かないのが多いのだろう。ここで平交道を渡ってしまったので、左營車站の裏に出てしまった。表へ出る跨線橋、地下道等はない。大回りして別の平交道へ向かう。駅裏には草野球の人が集まっている。棒球(野球)は盛んなのだろう。ようやく駅舎のある側に戻ったが、古い城壁が目に入り、寄り道してみる。


鳳山縣舊城「東門」 (高雄市左營區)
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清道光5年(1825)に築城された鳳山縣舊城。説明文には「1938年(昭和13年),舊城及龜山被日軍畫為軍區」という記述も見える。


「東門」内側より


臺鐵 縦貫線 左營車站 (高雄市左營區)

ようやく左營車站に到着する。新左營を出てから2時間余りも歩いていたことになる。自動券売機で切符を買う。左營-高雄間の區間車の車票は15元。切符の裏は白く、自動改札機も設置されていない。高雄の隣の駅なのに。駅員に切符に入鋏してもらい入場する。跨線橋を渡り、月台へ。高雄から新左營への列車が発着する月台には、高鐵乗り換えは次の新左營でとの注意書き(中文のみ)が見える。やはり新左營と左營を間違えて降りる客がいるのだろう。9時37分発、満員の區間車2619次に乗り、愛河を渡って高雄に9時44分到着した。 (つづく)


左營車站の構内
いずれも民國96年11月25日撮影

台湾のりもの紀行 台南→新左營

2007-12-14 13:00:40 | 台湾日記

臺鐵 縦貫線 台南車站 (台灣省台南市東區)

バスで台南に到着したものの夜明け前である。観光するには時間が早すぎる。とりあえず台南駅舎に入ってみる。松山発屏東行の夜行列車、莒光號31次はすでに発車した後だった。本当はその夜行列車に乗りたかったのだが、飛行機の台湾到着が遅すぎて諦めたのだ。夜行列車は台北23時26分発、台南5時07分発。バスは同じ区間を4時間で走破している。時刻表を見ると、台南始発屏東行の區間車2805次が5時48分発である。台南観光はまたの機会に譲るとしよう。自動券売機で新左營までの區間車の切符、車票(56元)を買う。5時半頃になって駅構内の売店もようやく開店の準備が始まった。

自動改札機から入場する。地下通路を通って月台(プラットフォーム)へ向かう。高雄方から列車が到着。これが折り返し屏東行となる。さっそく乗り込む。車内はロングシートでつまらないが、バスよりも鉄道のほうが落ち着く。台南5時48分発。まだ真っ暗だったが、次第に夜が明けてきた。列車は各駅に止まる。運動服の高校生が乗ってきた。日曜日なので部活なのだろう。どうも外国にいる気がしない。車内放送は日本と大きく異なる。日本では日本語の後にクリステル・チアリの英語のアナウンスといったところだろうが、臺鐵では中国語(北京語、閩南語、客家語かな)三種類やった後に英語のアナウンスとなる。「各位旅客 ○○站到了」○○駅に着きますと言っているらしい。最初(北京語?)のは「くうりくう、○○ちゃんたおら」に聞こえる。建設中の高雄捷運(MRT)紅線の高架が見えてきた。開業すれば、南岡山(台灣省高雄縣岡山鎭)と小港(高雄市小港區)を結び、左營、高雄などで高鐵、臺鐵の駅と接続し、高雄國際機場にも駅が出来る。やがて左の車窓に高鐵の基地が見えて、新左營站に6時25分到着した。


臺鐵 縦貫線 區間車 2805次 (新左營)


臺鐵 縦貫線 新左營車站 (高雄市左營區)


臺鐵剪票口(改札口)


新左營駅前は開発中


臺鐵 縦貫線 區間車 2616次 (新左營)

自動改札機もあるが、駅員がいたので切符を渡して出場する。新左營の駅舎は新しく、大変立派なものだが、ひっそりしている。早朝だからだろうか。一昨年、訪台した時には7-ELEVENで臺鐵の時刻表を購入した。構内に店舗があったので、店員に時刻表の有無を問うと無いと言う。駅の窓口に行くように言われ、そちらへ行くとあった。但し、販売しているのではなく、一色刷りで無料配布だった。売り物の時刻表は無くなったのだろうか。7-ELEVENに戻り、店員に入手できた旨、告げる。暖かい缶コーヒー(20元)を購入していく。持つ手が熱くないよう、コーヒーショップのカップみたいに、ボール紙が巻いてある。なかなかご丁寧だ。


高鐵 左營車站 (高雄市左營區)




こちらは高鐵の駅前

隣接している高鐵の左營站へ。高鐵は将来は高雄に乗り入れる計画らしいが、現在は左營が高雄の玄関駅となる。臺鐵が在来線、高鐵が新幹線と思って差し支えないが、それぞれ別の組織で運行している。臺鐵は交通部臺灣鐵路管理局Taiwan Railway Administration)であり、高鐵は台灣高速鐵路股份有限公司Taiwan High Speed Rail Corporation)で、国鉄と私鉄のような感じ。駅名だが臺鐵は新左營、高鐵は左營と異なる。臺鐵の新左營の隣の駅は左營なので要注意である。前出の捷運の駅名は左營のようだ。地下駅への入口を見たが、まだ工事中。




高鐵剪票口(改札口)
いずれも民國96年11月25日撮影

臺鐵の駅と違って高鐵の駅は賑わっている。窓口で明日乗る列車の切符を買う。窓口氏は日本語版の時刻表を出してくれる。終点の台北までの各駅に停車する12時00分発の414車次を頼むが、12時30分発の120車次の切符を売ろうとする。12時30分発は、途中の台中、板橋のみ停車。所要時分は96分。一方、12時00分発の所要時分は120分。〔こだま〕という客に〔ひかり〕にすればという訳だ。尤もな話だが、急いで台北に戻る必要は無い。初めての路線、各駅を見てみたい。「高鐵に乗るために台湾に来たのです」と言って、各駅停車の切符を売ってもらう。もちろん窗邊(窓側)。全車禁煙との事。左營-台北の標準廂(普通車にあたる)の切符は1,490元。手持ちの現金が少ないので、クレジットカードで購入する。さて、月台票(入場券)を買って列車を見てみたいが、自動券売機で購入できない。タッチパネルの月台票の項目が押せない。販売を中止しているのだろうか。明日は全線に乗るのだから、楽しみはとっておこう。 (つづく)

台湾のりもの紀行 桃園→台北→台南

2007-12-10 03:00:36 | 台湾日記

國光客運 台北車站東側門公車專用道 (台北市中正區)

國光客運(バス)の窓口で台北車站(駅)までの切符を買おうとするが、窓口氏は何やら中国語で話すだけで会話にならない。結局、台北車站の切符は左隣の窓口だと言っていたらしいが、この程度の意思疎通もままならない。先が思いやられる。隣の人から切符を買う。運賃は昨年と変わらず125元。ターミナルの建物から出る。暑くもないし、寒くもないが、湿気を感じる。十万円両替の女性もバス乗り場にやってきた。

別の会社のバスが発車した後、國光のバスがやってきた。運転士が降りてきて、大きな荷物をトランクに入れている。荷物も片付き、運転士に切符を切ってもらい、バスに乗り込む。ここ第二航廈が始発なので具合がいい。桃園機場二航站を23時36分に発車。桃園機場一航站でもトランクに荷物を積み込み、客を乗せる。高速に入ると猛烈なスピードでバスは走り始めた。深夜なので他の車も飛ばしているけれど、あまり乗り心地の良い運転ではない。今回の旅行では海外旅行傷害保険に加入していない。要らないと思ったからだが、これは要るかも。

台北へ向かうバスの中で日付は変わり、民國96年11月25日星期日となった。今宵の宿は予約していない。泊まらないつもりである。台北市内に入り、高速を降りると各所で客が降りてゆく。十万円両替の女性もどこかのホテル近くの停留所で降りていった。そしてバスは終着の台北車站に到着した。


満月と台北車站 (台北市中正區)

バスを降りて、深夜の駅前を歩く。何か大きな音がして振り返る。空港バスから降りたスーツケースを持った若い女性が転倒している。大丈夫ですか?と駆け寄るべきだが、恐らく大丈夫だろうし、中国語が解らないので気付かなかったことにする。ひどい話だ。タクシー運転手が次々と客引きにくるが、首を振って断りながら歩く。上を見上げると満月が見える。

ホテルにも泊まらないで、これからどうするのか。壇ノ浦でも御馴染み、深夜バスに乗るのである。実際は都市間高速バスが24時間運行されているのであって、深夜バスとは違う。数多くのバス会社の乗り入れる國道客運台北總站へ向かう。これが高速バスターミナルである。多くの路線、会社の中、和欣客運の台南行に乗ろうと思う。カウンターの女性に「台南」と言って切符を買う。日本語を混ぜながら対応してくれて大変感じがよい。次の台南行は1時の発車で、台北からの運賃は600元。少し時間があるので、売店で菓子パンとオレンジジュースを買う。


和欣客運 舒適按摩椅

発車時刻が近づき、バスが入ってきた。運転士に切符を見せて乗り込む。窓の側に一人掛けが並ぶだけの贅沢な配置である。座席も豪華である。豪華なバスは知っていたけど、実際に乗ると感動する。バスは台北を出ると三重でも客を乗せて、高速へ入った。空港からのバスと違って、丁寧な運転である。乗り心地は申し分ない。菓子パン(中は南瓜餡?)を食べ、オレンジジュースを飲む。風邪気味なので風邪薬も服用する。前の席の兄ちゃんは売店で売っていた台湾的な匂いのするのものを食っている。座席のリクライニングは電動で操作する。かなり細かく動かすことが可能。あちこちの席から座席を動かすモーター音が聞こえてくる。モニター画面も各席にあり映像も楽しめるようだ。深夜だが見ている人もいる。膝掛けもある。薬も飲んだし、少し寝よう。

途中、高速を降りて客を乗せている。台灣省基隆市と高雄市を結ぶ中山高速公路を走っているが、見た限りでは高速の出入り口に料金所はなく、本線料金所が時々現れるのみである。そしてETCのようなレーンがあり、バスは停車しないで通過してゆく。台北を出たときは半分くらいの乗車率だったが、寝ているうちに席は随分埋まってきている。まあ定員は少ないのだが。西の空には松戸で見て、機上で見て、台北でも見た満月が、まだ沈まずに見えている。「三笠の山に いでし月かも」ではないが、台湾で見る月は松戸にいでし月だった。月はさておき、寝るためには、なるべく長く乗っていたかったのだが、無常にも台北から4時間で台南に着いてしまった。席が良かったからか、乗車時間が短いからか、深夜バスにやられた感は無い。カーテンを閉めてしまわないのがいい。バスから降りようとすると、何人もの男達が話し掛けてくる。何の事か判らなかったが、タクシーの客引きだった。バスの運転士に台南車站はここかと聞いたが、振り向けば見覚えのある台南駅舎が建っていた。 (つづく)


和欣客運 北門總站 (台灣省台南市北區)


臺鐵 縦貫線 台南車站 (台灣省台南市東區)
いずれも民國96年11月25日撮影