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「認知症大国」日本(1)(介護は第三者に頼るも選択肢)

2022年04月15日 | 介護
🌸「認知症大国」日本(介護は第三者に頼るも選択肢)

 ☆認知症患者は3年後に推定700万人超
 *2025年には団塊の世代の多くが後期高齢者に突入
 *その子団塊ジュニアたちは、認知症介護予備軍
 ☆壮年ビジネスマンを襲う介護リスクの切実度に追る

超高齢社会の日本では認知症は「国民病」
 ☆有病者は600万人を超えている
 ☆団塊世代の多くが後期高齢者に突入する2025年
 *高齢者の5分の1の700万人↑が認知症患者となる
 *団塊ジュニアが「認知症介護予備軍」となる
 ☆コロナ禍で活動量や他人との会話が減った結果
 *認知症患者の症状が悪化する傾向が見られている
 ☆団塊ジュニア世代以降は、子供の数が少なく「2人以下」
 *父親の介護は「母がダメならきょうだいにの丸投げ」も難しい
 ☆「介護は女性」といつう価値観以前に
 *自分の親の面倒は自分で見るしかない

「在宅介護」と「介護離職ゼロ」の矛盾
 ☆「性別を問わず親の面倒は実子が見る」至極正論
 *男性の介護者が増える現状(3割)諸問題が炙りだされている
 ☆現行の介護制度
 *家事や介護に専念できる「専業主婦」を想定して作られている
 ☆″認知症患者が住み慣れた場所で生活できる地域”をスローガンに
 *「在宅介護」を中心に制度設計されている
 ☆一方では、「一億総活躍社会」をうたい「介護離職ゼロ」を掲げる
 *企業に社員の介護支援サポートをすることを促した
 ☆現在の介護制度
 *仕事か介護かを選ばざるを得ない制度設計になっている
 *家庭の大黒柱であることが多い男性とは極めて相性が悪い
 ☆男性介護者の増加が浮き彫りにしたもう一つの問題
 *男性介護者自身の中にある「男らしさの呪縛」
 *それにより企業の介護サポート制度が有効に活用されていない

職場での責任感が介護支援制度の活用を躊躇させる
 ☆制度があるのに活用されない理由
 *会社での地位や周囲からの評価を失うことへの恐れもある
 *多くの社員が仕事か介護か、二者択一の不安を感じており
 *『家族・女性がやるもの』との根強い社会規範も壁となっている
 ☆責任感の強い管理職世代
 *職場や同僚に迷惑を掛けられないと、全て自分で抱え込もうとする
 ☆この問題に関しての処方箋
 *行政、医療や福祉の相談窓口外部サービスの存在などの活用
 (介護を1人で抱え込まずプロに”外注”するための情報を得る)
 ☆仕事と介護の両立に苦悩する男性介護者の姿
 *認知症700万人時代を眼前にした今
 *団塊ジュニア世代のまさに″明日”を映し出している

🌸大好きな母が壊れていく(ジャーナリスト;安藤優子)

母親は「認知症」と診断された
 ☆多くの認知症の方も同じ経験をしていると思うが
 *母も「自分は至って普通」と病院行きを拒否した
 ☆最初に母の様子がおかしくなったのは、70代前半
 *ある日「ベランダから飛び降りてやる!」と叫んだ
 *父が、母の身の回りの一切合切を担っていた
 ☆父が亡くなり、誰かが面倒を見なければ母は生活できない
 *きょうだいが日替わりで在宅介護をした
 *昼間はヘルパーさんに助けてもらうことにした
 *困った事に、母がヘルパーさんを次々にクビにし始めた
 ☆日本の介護制度は優秀ですが
 *サービスを受ける本人が他人の存在を拒絶すれば
 *家族だけで背負うしかない
 ☆ある日時期になると
 *焦げ付いた鍋の臭い、物が散乱する部屋
 *ペットの大の排せつ物があらゆる所に転がっている壮絶な状態
 ☆光景を見て「自宅で介護するのは限界だ」と兄弟で話し合い
 *施設に入居してもらうことにした
 ☆実際に施設に入ってもらうまでにも一悶着あった
 ☆面会に行けば、母は、兄弟に罵詈雑言を浴びせた
 *「自宅があるのになぜそこに住んではいけないのか」
 *「苦労して育ててきたのになぜこんな仕打ちをするのか」など
 ☆罪悪感で、 一度は母を引き取ることも考えたがある人に諭された
 *1時の感情に任せてできないことは言わない方がいいと
 *まったくその通りです
 ☆入居直後の母
 *スタッフヘの暴言、入浴拒否、揚げ句に脱走までする始末
 *結局”観念”するまで、半年かかる

壮絶介護16年の先に見た光
 ☆施設ではさまざまなレクリユーションを開催してくれた
 ☆母の大好きなフラダンスもあり、母も幾度か参加するうちに
 *「そんなに悪い所じゃないな」と思い直したようだ
 ☆お気に入りのスタッフが増えるにつれ
 *攻撃的な言動も徐々に落ち着いてきた

母親が施設で「臨床美術」と出会う
 ☆母にとり、最も大きな転機となったのが
 *入居から1年後、「臨床美術」との出合い
 ☆認知症になってからの母
 *大好きな料理や旅行、買い物、友人との話、全てができなくなり
 *自己否定の真っただ中にいた
 *それが不安や憤りとなってさまざまな症状につながった
 ☆やっと自己肯定できることに出合えた
 ☆1時期は施設に通うのも心が重い日々が続いていた
 *これを機に母に会うのが楽しみになった
 ☆母は、89歳で亡くなるまでずつと同じ施設でお世話になった
 *亡くなる日、朝ご飯を最後の一口まで食べ
 *その直後に心臓まひで旅立ち理想的な逝き方でした

家族で抱え込めば家族は早晩破綻する
 ☆私と母が再び心を通わせることができたのは
 *施設のスタッフの方などプロの第三者が介在してくれたおかげ
 ☆介護サービスを拒否する母に従って
 *家族だけで在宅介護を続けていたら
 *母の最晩年があんなに穏やかになることは間違いなくなかった
 ☆日本人は「家庭のことは家庭で」という価値観
 *強く刷り込まれています
 ☆第三者のサービスを受けることは
 *介護を受ける本人にとっても、負担の少ない方法です
 ☆介護は、何より一人で抱え込まないこと
 *折々で親や家族の人生に関わるギリギリの選択を迫られる
 *それが介護のつらさです
 *1人で抱え込めば心身共に破綻するのは、火を見るより明らか
 ☆高齢社会で介護はどの家庭にも起こるライフイベント
 *声を上げることが恥ずかしいと思う必要は一切ない
 *第三者にどんどん頼ってください
                       (敬称略)                                     
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⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
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⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
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⛳出典、週刊『ダイアモンド』










「認知症大国」日本(1)(介護は第三者に頼るも選択肢)
週刊『ダイアモンド』記事より画像引用)

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