タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

九州の山旅から~6

2018年11月10日 | 山歩きから
坊がつる讃歌、そして、、、

    

久住山といえば法華院温泉、法華院温泉といえば坊がつる、という論法が成立するのかどうか知りませんが、、、、

坊がつるといえば「坊がつる賛歌」に異論をはさむ人は少ないと思います。

その「坊がつる讃歌」のことです。

タカ長たちの2泊目は法華院温泉山荘でした。

温泉で汗を流したあと前夜のフランス料理のフルコースには及びませんが、思った以上の夕食を頂き、、

その後は部屋に戻って二次会(?)を開きました。ここではもちろん「坊がつる賛歌」の斉唱(?)

その「坊がつる賛歌」のもと歌は広島高等師範学校山岳部の部歌山男の歌だったことを知る人は多いと思います。

広島人としてはその広島高師の部歌を歌いたいところですが、私たちが歌うのはいちも「坊がつる賛歌」です。

    

その歌を歌うと思いだす人がいます。山の先輩、いや師匠といえる人です。仮に本山さんとします。

本山さんは私たち職域の山岳部の先輩でした。といっても私たちとはレベルが違いすぎて、一緒に山に行くことは多くありませんでした。

しかし、タカ長の山友が本山さんと同じ町に住んでいたことが縁で私たちは目をかけてもらいました。

    

その本山さんが広島高等師範学校山岳部の出身でした。もちろん筋金入りの山男です。初めて冬の伯耆大山に登ったときのリーダーがその本山さんでした。

その大山を逆縦走して山頂についたとき猛烈な風雪につかまってしまいました。

ご存知の人も多いでしょうが、大山の山頂部は広くて特徴あるピークなどありません。そこで風雪にまかれると進むべき方向が分からなくなり、脱出には大変な困難をともないます。

ホワイトアウトという言葉があります。

濃霧や吹雪のため視界がきかなくなり、地面と空の境界が分からなくなる状態を言います。もちろん登山者にはとても怖いものです。

しかし、実際に冬山を経験した人は「グレイアウト」だと思われるはずです。ひどい吹雪にまかれると雪面まで太陽の光が届かなくてまわりはグレイの世界になります。

その時も「グレイアウト」の状態でした。それも黒に近いグレイ。

その窮地から本山さんは私たちを連れて苦も無く(?)脱出しました。

そのとき本山さんはどのようなことを考えていたのか、今は故人となられていて直接聞くことはできませんが、、、、

本山さんはそのとき数メートル歩いては行くべき方向を確認し、私たち3名のメンバーの状態を確認していました。その時の沈着冷静な態度はいまもハッキリ記憶しています。

なみの登山者に出来ることではありません。まさに筋金入りの登山者でした。

    

冬山の基礎、滑落停止訓練や簡単なロープワークを教えられたのも本山さんからです。しかし、ぼんくら登山者だったタカ長は本山さんから多くの技術を学ぶことができませんでした。いまにして思えばとても残念なことです。

その本山さんのお嬢様の名前が「峰子」さんです。この一事をみても彼の山男ぶりが見えるような気がします。

本山さんは坊がつる讃歌を聞くと思い出す、タカ長には大切な人です。

そして、、、、、この「山男の歌」を聞くと、青春のころの山歩きが思い出され、胸があつくなるのです。