僕が言葉の奇術師をめざしているわけ。あれは5年前のことだ。第3セクターの会社に出向して、単身赴任をしていた頃の話だ。いよいよ、出向先の会社の経営があやしくなり、出向元へ帰されることになった。いわゆる出戻りである。戻るも地獄、戻らぬも地獄。それまでに出向先で培ってきた人脈達は一様に僕のことを心配して、元の会社へ出戻りが決まってからは毎日のように顔を見せに来てくれた。まるで、今生の別れを惜しむかのごとく。縁起でもない。<ぼくはまだ死んじゃいない。まだまだこれからだよ>会う人ごとに僕は強がりを言っていた。もとの会社へ戻っても、ポジションはない。だから、僕は大学へ助教授でも講師でもいいからポジションを見つけるつもりでいた。
「いやあ、男根(ダンコン)の世代の人たちが定年を迎えるようになれば、どっかに空きが出てくるよ」
僕は真顔でみんなに言ったものだった。
塊と書いて「カイ」と読む。戦後のベビーブームに生まれた人たちは団塊(ダンカイ)の世代。が、この「カイ」って漢字、霊魂の「コン」に似てるじゃないですか・・・・・・。まあ、これくらいは良しとしよう。あとで、1ヶ月ぐらい、穴があったら入れたい思いをすれば済む話だ。
インストロール。例えば、雑誌に上戸彩が主演の映画「インストール」の記事があったとしよう。その記事を読んでいる僕は、脳内でわざわざ「インストロール」に変換をしてその文章を読んでいる。いつしか、上役にパソコンに関する説明を求められた時や、会社の若い女の子に説明する時など、人生の重要な場面で「これをインストロールするとですねエ」とやってしまいそうな予感に怯えている。というのも、インターネットがまだ黎明の時期でパソコン通信が全盛だったころ、当時、はじめて定額制のインターネット接続サービスを謳ったベッコアメ・インターネットでダイヤルアップで接続をして、毎晩のようにエッチなalt.binaries.picturesを覗いていた。
そのうち、いろんな人からインターネットに接続してエッチな写真を入手するにはと聞かれて、
「それはね。まずはプロパダイバーに契約してねエ・・・・・・」
いつのことだろう。インターネットの技術書が書店ではまだ入手できなかった時に、ぼくはパソコン通信で仕入れた情報をもとにベッコアメ・インターネットを介してネットにつないでいた。おそらくその情報にタイプミスがあり、正しくは「provider(プロバイダ)」であるべき言葉が「propadiver(プロパダイバー)」とミスインプットされてしまったのだ。もう何十人の人に「プロパダイバーと契約してね」と言っちまったことだろう。
言葉の奇術。ささいなミスインプットが、とんでもない結果を引き起こす。これは、言葉の奇術師をうたっている僕にとって、言葉に対する錯覚が見事に予想もしない結末に帰着することを身をもって知る良い機会となっている。