限られた時間の小さな箱の中にたくさんの人生を乗せて、タクシーは今日も走っていく。
中島みゆきはタクシードライバーと言う曲の中で
「タクシー・ドライバー 苦労人とみえて
あたしの泣き顔 見て見ぬふり
天気予報が 今夜もはずれた話と
野球の話ばかり 何度も何度も 繰り返す」
と歌った。
でも、ぼくは、カウンターの向こうの泣き顔の客に何も言えず、うつむくばかりだ。こんな時、気の利いたジョークのひとつも言えたらと思う。こんな時、慰めてあげる言葉が見つかればと思う。何も言えずに、そっとおかわりのグラスを差し出す。彼女は泣き止まない。ただ、カウンターの向こうで時がいつものように流れていく。
映画「グランドホテル」では、それぞれ異なった事情を抱えた宿泊客が織り成す群像劇を鮮やかに描いた。
だけど、事情を抱えるのは客ばかりじゃない。当然、ドライバーだって、いろいろな事情を抱えながら、それでも仕事にしがみついて、仕事してなけりゃどうにかなりそうで、やってけなくてハンドルを握る。どんなにつらくても、顔に出すわけにはいかない。彼らはプロのドライバーなのだ。
この映画は、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの街中を流す訳ありのタクシードライバーと乗客を描いたオムニバスだ。世界同時刻という設定だから、時差の関係でアメリカは夕刻だがヨーロッパでは明け方となる。それぞれの都市で個性的なエンジン音が響く、いろんな車種のタクシーが夜のしじまを抜けていく。車種同様、ドライバーもその都市、その都市の事情に合わせて、非常に個性的だ。長い夜が明けてタクシードライバーたちは、家族の待つ我が家へ帰っていく。そこは、ドライバーをやさしく迎えてくれる場所だ。