睡眠導入剤ハルシオンは、ネットを探せば結構売人が見つかる。
ハルシオン(トリアゾラム)は 血中濃度半減期が最も短いベンゾジアゼピン系の薬物だ。睡眠作用の他に、抗不安作用もある。このため、ハルシオンは心療内科などでは向精神薬としてよく処方されている。病院からもらったハルシオンを飲まずにためて、闇で販売している売人がいる。「ハルシオン売ります」っていうサイトがそれだ。ハルシオンは数千錠では致死量に至らない。また、100万錠を超えるという言う致死量を飲むとするとかなりの水が必要になるので、胃がパンクしてほとんど吐いてしまう。オンナは見たところ、20錠も飲んでいるのだろうか、これじゃあ酒に酔ったようなもうろう状態を生ずるだけだ。
肩を強く揺すると、オンナはまぶたを開けた。が、まぶたには力なく、再び上下のまぶたは閉じる。起きながら夢見てる感じなのだろう。声を掛けると目を閉じたまま一応返事はする。受け答えは頼りないが呼びかけに対し返事は全部あるし、さらに自殺などやばい事を起こさない程度の理性は残っていそうだった。
オレは、オンナをベッドから引き起こすと、浴室まで引っ張っていって、念のため、オンナの口の奥に指を突っ込み、胃の中のものを吐かせた。オンナは足元がフラフラなまま、吐くのを嫌がっていたが、後ろから両手をオンナの体の前に回し、コブシをへその上の胃のあたりに当て、上の方へすばやく押し付けたらすんなり浴槽の中へ吐いた。崩れ落ちたオンナは、わけの分からないことを言って泣き出した。
リストカットの衝動の原因は愛情対象の喪失であり、その背後には分離不安から来る精神的な自立への拒絶がある。周囲の人たちを心配させたり困らせたりして関心を自分だけに引き付けようとして、自分の手首に怒りをぶつけるのだ。あるいは、辛い思いを振り払い、思考回路から切り離そうとして手首を傷つける。だから、リストカットは自殺にまでいたるケースは少ない。しかし、後からわかったオンナの職業を考え合わせれば、このときのオンナの意識の底には自殺してはいけないという強い意識があるものの、リストカットを繰り返してしまう自分の弱さに絶望し、永遠の死を選択したのかもしれない。その後始末は、見ず知らずのオレに任せるつもりで・・・・・・。
ベッドにうつぶせになり、泣き出した女に向かってオレは言った。
「て め え、今 度、自 殺 し よ う と し た ら、 ぶ っ こ ろ す」
どうせ、明日になれば一時的な記憶喪失になっていて、今日のことはナンにも覚えていないだろう。泥酔した酔っ払いと同じだ。自殺に失敗したこいつは、もうリストカットなどしないだろう。また、客の一人が減った。オレはオンナの部屋を出ると、大きくため息をついた。朝からの雨は、まだ降り続いていた。また、ずぶぬれになって駅に戻らなくてはいけない。オレは生きていくのがイヤになった。
だ れ か、 お れ の 手 首 を 切 っ て く れ。
終わり