北上市立埋蔵文化財センターは8日、平安時代の山岳寺院跡・国指定史跡「国見山廃寺(くにみさんはいじ)」(同市稲瀬町)から34年前に出土した土器や陶器を専門家が再評価した結果、奥州藤原氏に直結する重要な場所であることが確実になったと発表した。
国見山廃寺跡は、平安時代の歴史書「六国史」の一つ「日本文徳天皇実録」の天安元年(857)6月3日の条に記載されている「陸奥国極楽寺」跡の可能性がある。2004年9月に国史跡に指定された。
専門家による鑑定の結果、鎌倉時代のものとされていた素焼きの土器「手づくねかわらけ」は、奥州藤原氏2代基衡(1105-1157)の頃と同時期のものであり、従来、別産地と思われていた陶器は、平泉以外では限られた場所でしか出土していない12世紀中頃から後半の陶器だった。
[参考:朝日新聞、読売新聞]
過去の関連ニュース・情報
国見山廃寺跡
2009.10.16国見山廃寺跡 9世紀前半~11世紀にかけ造成 4回の盛土を確認
国見山廃寺跡は、平安時代の歴史書「六国史」の一つ「日本文徳天皇実録」の天安元年(857)6月3日の条に記載されている「陸奥国極楽寺」跡の可能性がある。2004年9月に国史跡に指定された。
専門家による鑑定の結果、鎌倉時代のものとされていた素焼きの土器「手づくねかわらけ」は、奥州藤原氏2代基衡(1105-1157)の頃と同時期のものであり、従来、別産地と思われていた陶器は、平泉以外では限られた場所でしか出土していない12世紀中頃から後半の陶器だった。
[参考:朝日新聞、読売新聞]
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