おてんとうさんのつぶやき & 月の光の思案 + 入道雲の笑み

〔特定〕行政書士/知的財産管理技能士/国家試験塾講師等が生業の巷の一介の素浪人の日常

雰囲気がどうも?

2008-10-17 | ■ サマザマな おはなし

昨日は 東京へ行って勉強?してまいりました

政府主導の電子政府推進の一環
オンライン申請体験フェア

日本におけるこの動きの真ん中あたりに居る方の
基調講演
そして
総務省関係
登記関係
自動車保有関係
Pay-easy関係
税申告関係
社会保険関係
などのお話と 体験を少々


このような場所へも出向く一番の目的は 
電子社会の流れに逆らわずに(どうもなあ という部分は
ありますが)
すくなくても大嫌いにはならないように
ITともなんとか 付き合っていきたいので


それにしても 最近感じるあの雰囲気を今回の上京でも
感じてしまいました

東京が おとなしゅうなってしもうた
ように思えて

全体がヒンヤリみたいな
アヴェニューを歩いていても
店に入っても
いくら平日のこととはいえ
なにかが 以前とは・・・・違う

私だけの感覚かも

でも 東京は私にも刺激をくれるところ
また近いうちに出向きます

                             




さまざま

2008-10-15 | ■ サマザマな おはなし

ある公的窓口に電話をしました
オオゲサでなく 約25分ほど待たされました
呼び出し音は鳴り続けるのですが
誰も電話をとってはくれなく
しかし そこであきらめては 話中の連続に逆戻りで
呼び出し音にはなかなかめぐり合えないことに
なってしまう
やっとのことで 呼び出し音までたどり着き
ホッとしたが
だれも電話に出てくれない


インターネットで調べれば済むことと
そうでないこともあり
緊急に近い状況だったこともあり
やむなく 果敢に電話をかけ続け

努力賞の結果 
モシモシ と  待ちに待った声が

ショウショウ苦情を言ってしまったが
うれしかった なんとか繋がって

若人でした 私の相手をしてくれたのは

用件も的確に理解してくれ
なかなか好感度を具えた返答をいただきました

現場の担当の方が ヤハリ 一番ご苦労

この若人にはなんら責の無いことで(組織に所属していれば
有責かな?)可愛そうとも思えてしまいました

何処の官庁の窓口かは すぐにも判りますよね
そう 改ざん やら 怠慢やら
サンザン言われている 昨今 名高いお役人の世界のこと
さすが 電話が繋がるのは至難の技を要するようで

実務のことの 最後の確認は
その最終手続きの現場
その現場の机の前に現におられる方に確かめる

長年の経験上 それが一番安心

匙加減(モチロン合法的な範囲での問題)
というものもありますし
さまざまな方がおられ
業務のやり方にも 個性 というものもありますので
どんでん返しが無い事を願いながら
確認 確認の 連続です



[職分違反にならない範囲で ある件を尋ねたことに関して
電話の便利さ??の記事でした]

それにしても タイヘンソー

頑張ってね  まだまだ まだまだ だろうけど
いつか なんとか落ち着くその日まで

         





予感

2008-10-13 | ■ サマザマな おはなし

明るい未来を予想する方は 稀になった
ような気がします  最近特に

経済が冷え込むと どうしても 気持ちまで引きずられて
しまうのでしょうか

悪い予感が・・・なんぞという言葉をよく耳にします

わたしなんぞは この歳になりますと それこそ
人生の局面を サンザン眺めてきていますので
それほど影響を受けないというか 
慣れてしまったというか
そもそも 経済面は一貫して山無し 谷底は無し?
でしたので
(私だけの感想  奥さんの感想は また別だと思いますが)


ノホホンと生きてきてしまったので(その分 周りのものは
タイヘンだったことでしょう)
人生こんなもんかな
なんて 
経済の谷底を覗いて見ようとも思わずに というか
覗いてクラクラとめまい なんということも経験せずにきて
しまいました

コレもすべて 周りの人々 特に奥さんのお蔭


久し振りに 映画を観てきて
人生の予感 なんてことを 思ってみてしまいました

人生の終焉に係わるものの愛惜と潔さと ある意味の
賛歌とも思えないでもない物語
誰にも訪れる 死に係わるお話し

豊かさにくるまれようと
貧しさに付きまとわれようと
とにかく世界にひとつの それぞれの人生

何を言いたいのか よくわからない文になっていますが

とにかく 必要以上に侘しくなりすぎぬよう
元気を少しでも出しながら
生きていきましょう

それぞれの思いを大切にしながら

そうして

予感なんかに途をふさがれないようにしながら

                 



昼でも

2008-10-10 | ■ サマザマな おはなし


住宅街なので ごく低音でしか自宅ではJAZZを
聴けません

北海道時代のお気に入りのJAZZ喫茶は 話し声など
聞こえないほどの 爆音

そもそも 会話などできないにもかかわらず
会話禁止の 暗黙の了解が客にもあったような?

注文もメニューを指差しで

マスターの声を聞いたこともないような
徹底した茶店でした

私が通った時期の後 移転し
その後 企業城下町の衰退と共に
閉店したそう

北の町 室蘭での思い出





ひそかなバラードを流していると 事務所の窓の直ぐ近くから
心地よい虫の音

日中でも こおろぎクンは すぐにわかります
夏のセミから秋の虫の声にチェンジし 
日中の音色でも 秋の虫クンら けっこう ボリュームあり

遠い少年の頃の記憶と黄緑色のあぜ道
アケビのつる・やまぶどう・山栗のつややかさ なども
脳裏をかすめました



昨日までは 会議やら 講習会やら 相談会やら 飛び石で
続き その間に東京での一仕事などなどで
さすがにショウショウお疲れ

今日はオヤスミをと考えましたが 11月の とある試験を
目指しがんばることに
今年中に3個の資格を増やしたいので

いまはJAZZ音を休ませ コオロギ君を聴きながら
本を睨んでいます

秋の日差し  まだまだ強い

                    

 


      

 

    

      

 
   


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無理もない?

2008-10-08 | ■ サマザマな おはなし

やはり というか
リーマンのCEO(最高経営責任者)は 不満を漏らしました

米下院の公聴会
『なぜ金融当局がリーマンだけ支援しなかったのか
分からない』と 政府の救済を受けられなかったことに
吼えました

連邦準備制度理事会(FRB)も証券取引委員会(SEC)も
状況は把握していたそう

なのに どうして? どうして僕だけなの という感じ

ある面 無理も無い?発言


不良債権分離を進め別会社に移す
資金供給を受けやすくするため銀行持株会社へ転換する
などして破綻を避けるための
それなりの検討等していたが実現せず
政府等の力を借りたかった様子を“恨み節”で繰り返した

新聞でも報じています

まったく 先日も記しましたが
経済学に基礎をおく施政
というより 
操作学の世界

紙一重のギャンブルのような結果

最大の疑問は

そのように世の中は 流れていくこと

が50個連なっている出来事も
1つ また1つ はがれていき
いつものように ?が消え霞んでいって

世は 事も無く 流れゆく

そう 流れゆくのです


          



不信感

2008-10-07 | ■ サマザマな おはなし

お気づきの方が 万が一おられないとも
限らないので 
一応 御断りを

そうなんです
前回のブログ記事は 3度ばかり 一部書き直しや
補正をさせていただきました

肝心なところの文字が消えていたり・・・

一例として 経済学の 経の字が消えたり

最初は自分のミスと当然?考えましたが
さすがに3度目の補正では

???状態に

同一箇所ではなく アレ? という部分でも単語の一部が
消滅

こういうことって そういえば 以前にもあったのですが
そのときは 自分のミスや勘違いかなということで
片付けましたが
今回はどうにもその範疇ではなく・・・

実は この記事 考えがキッチリとしないまま
相談会 会議 などなどにはさまれた 少々あわただしい
場面で記したので 
後で読み直してみていたりしたのでした

そんな中での


“電子社会”
ヤハリ ショウショウ 不安


16日には 東京で 電子申請全般のゼミナールのような
集いに参加予定ですが
いまだに 電子社会の未来に やや問題を
投げかけざるを得ない気分になります

一番の問題は 武器の格差(表現がどぎついですが)

マウスを手にしたことが無い人と
ハイスピードの超デジタル技術革新にも 平然と付いていけそうな人

自己責任 自己啓発競争の世界
と 割り切るしかない
のですかね

というわけで オジサンも 日々 マウスを握ってはいます

そろそろ 遅ればせながら ノートパソコンも必要かなー
アーア
正直に言うと
基本的に 少しだけ アナログ時代を恋しがっています

映画の中などで タイプライターの姿と あの独特の調べに
出会えると ホッとしてしまうし カッコいいなー
と思ってしまう 
 そう 私は そんなオジサンなのです

           





経済

2008-10-06 | ■ サマザマな おはなし

自分の弱点はたくさんありますが
その一つに たぶん? 経済理論をつきつめて
理解しようとする姿勢が乏しいという点があげられます

その 理由は自分では判っているいるつもりです

結論から言うと 経済学こそ
その根本のところは 操作学であるのでは という観念を
拭いきれないからです

理論追究 というより 操作追究?
という観念から逃れられないのです
(何を言おうとしているのかな このへんな人は と
お思いでしょうね)


経済原論をマスターしようと
経済各論?をマスターしようと
本来あるべき 正当な経済学によって立つべき処置も
現実の混乱の前には とても勝てない
(もっとも こういう現象は経済の世界だけとは
限りませんが)


以前一例として述べたことですが
1000日の企業努力も なんらその企業とは因果関係が
無いと思われる分野の因で
アッサリと ゼロ効果
それどころか それまでの努力がむしろマイナス要因に
なってしまっていたようなことすら・・・・
(一例として 原因不明の為替レートの急騰・急落で
輸出産業界なんぞは ワンパンチでテンカウントダウン)

まったくのところ ギャンブル感覚の世界(表現が極端すぎる
かも知れませんが 私にはそう思えるケースが多い)


サブプライム問題が発端(別な見方では 最大の要因)と
するアメリカでの大手証券会社などへの救援策
まずは 不良債権の買取
そして いずれは 公的資金(つまり血税)の注入

お定まりの
どこかの国も通った道

一部の有権者が反対する気持ち
おおいにわかる気がします
証券・保険・銀行 などなどの経営中枢のエリート
彼ら(とくに経営の最高位の幹部連中  しこたま私財を
造らせてもらった者たち)はどのような責任をとるのでしょう
正確に表現するなら どのような損をすることに
なるのでしょう

私の理論では 経営が拙かったから責任をとるのではなく
ギャンブルに失敗したから損をすべきなのです
経済とはそういう分野なんだと理解しないと
どうにも 説明ができないような気がするのです

逆な言い方をすると
経営がまずくなかったなら 責任をとることは無用
という理論で済む世界ではないと思うのです
またくのところ 結果責任がすべてのような  そのような
世界

そうでないと タイミングだけ?の具合で救済策にのることが
できたり

訳のわからない為政者のパフォーマンスで結果
救われることになったり

一部の金満家連中の株取引の損失を抑えるためかと
疑いたくなるような施策であったり

Aは救済されたがBはなんだか判らない理由で
アッサリ倒産ということになったり
(AとBとにほとんど差異がない状況だったのにかかわらず)

こういうことの説明が どうにもできないような



まったく 操作学そのものか それに近いのが
経済学なのか?


というわけで なぜか幼少のころから?
駆け落ちして 心中なんてことで絶つのは まだグーだけど
お金の仕組みのことに関わることが原因で命を絶つような
そのことだけは 絶対すまいと思い続けて
きました

なぜかって いかにも バカらしいから(表現が不適切で
ゴメンナサイ わかっていながら記しています)

操作の加減で命を奪われたり 奪うような原因を身に
まとうのは 真っ平ごめんというわけです



こんな自分ですが
さすがに仕事のためには経済学も 簿記も 会計学も
必要

というわけで 経済学部出身の方なんかには
つい
『経済学とは つきつめるとなんなんでしょう』
なんぞと 訳のわからない質問をぶつけてしまうので
へんな顔をされてしまうことの多い自分

困ったチャンです ほんとに

でも
法学って 一言で言うとなんなんですか
と訊かれると

なにが公正なのか 
を探る学問かな

なんて これまた勝手に答えてしまって
『でも ゼロ点の答えでもないだろう』
なんて ひらきなおりますが

それにしても

経済学 って 一言で言うとなんなのかなー

経済 あるは済学 あるいは経済施策
どれも私には 超不思議の世界

これからも 懲りずに勉強だけはしていくつもりですが・・・

経済

匙加減ひとつで方向がまったく逆にできるような
とても不可解 そして 不気味な世界

                        





報告

2008-10-04 | ■ サマザマな おはなし

本日は茨城県行政書士会主催の電話相談日でした

なんとか?無事に終了というところです

計4人体制で 相談者の方たちの質問に
100パーセントとはいかなくも 満足いただけたかも?
との手ごたえ

私の次の出番は 10月9日 笠間市役所(旧 友部町役場)にて

面接相談を前後半各2名体制で行います

時間は私は前半担当で10時から13時
後半は 13時から16時です

どうぞ 相談にいらしてください

10月中は
他の場所でも相談会を実施しております

どうぞお近くの会場まで足を運び
日頃のお困りごとなど ご相談ください

茨城県内 各地の市役所・町役場・公民館・市民会館
一部のショッピングセンターなどでも 開催している場合も
ありますので どうぞ

お待ちしております

                     




電話での無料相談

2008-10-03 | ■ サマザマな おはなし

茨城県行政書士会の本会主催無料電話相談が
10月3・4日にあります
時間は 午前10時~午後3時 です

私も 4日に担当することになりました

番号は 
029-305-3731 です




なお 県西支部でも 
10月13日 と 22日に電話相談を行います
時間は 午前9時~午前12時 です
こちらの番号は
     
0296-25-2919 です

どうぞ ご利用なさってください


急なお知らせで 申し訳ありません

             



同じこと?

2008-10-02 | ■ サマザマな おはなし

只今の事務所の気温 20度
湿度 67パーセント
どの窓からも 青空いっぱい

気持ちのいい陽気です


ある記事を目にし
複雑な気分に なってしまいました


小学校 中学校時代
ときには生徒同士の喧嘩の場で
あるいは 先生からの罰を受けたとき

ゴツンとゲンコで という場面もたしかにありました

逆に 先生にぼんず頭をナデナデされたりも

主役は 手 もしくは 手のひら でした

最近というか この15年?くらい前からか
“蹴り” とか “蹴りをいれる”とかの表現が生まれていて
(以前から 普通に使われていた言葉なのでしょうか?)
頻繁に目に耳に触れるようになったような・・・・

先生が生徒に 蹴りをいれた
生徒同士が  蹴り合った(殴りあったではなく) とか

どうにも 違和感を覚えてしまうのです
(けっして 蹴りより 殴りのほうが良いといっているの
ではありませんが)


教育のため やむを得ず 思わずゴツンとくらわしてしまった
というのは 場合によっては理解できないわけではない
気がするのですが
蹴り という動作は 思い余って つい 手が出てしまった
という感覚とは どうにも相容れないというか
昭和時代育ちの私なんぞは 思うのですが

蹴るという動作には どのような状況を設定しても
愛情の変形の可能性のある行動 と捉えられそうな余地を
少しも見出せないのです

中学時代 宿題を忘れて? 先生に ゴツンを
されたときがあったような記憶が

でも なんだか それが妙にいまでも温かく
懐かしいのです

げん骨で ゴツンも
蹴りも 
同じこと
でしょうか?

私には 根本的に違う 何かがハッキリとあるような気が
どうしてもするのですが・・・・

人の

人の


結局は打撃の強度の問題で
方法論としては同じ という方もいますが
仮にそうだとしても

やはり 語感も印象も受け取り方が かなり違うのでは・・・
その強度を受ける側の心・感情の問題も重大
手と足という
体の部位の問題ということだけなのか・・・・



それにしても

“蹴りをいれる”

とても いやな 
スサマジイ言葉

手のひらを じっと 見つめてみました