男・村田の再出発

2018年07月12日 11時22分26秒 | 社会・文化・政治・経済
毎日新聞のドキュメントを読み、新井貴浩選手のことが重なる。
2013年の新井選手(37歳)127安打15本塁打の成績であったが、2014年にはレギュラーを確約されていない立場でった。
そして、打撃不振で自由契約となり、8年ぶりに古巣広島で復活を期した。
最後の阪神での成績は94試合 43安打 3本塁打 31打点
通算打率.277 1854安打 280本塁打の実績を残していた。
そして広島復帰での成績 2015年 125試合 117安打 7本塁
一方、巨人村田修一選手(37歳)は2016年成績143試合 160安打 25本塁打 81打点
2017年 成績118試合 100安打 14本塁打 58打点
2016年は巨人ではナンバー1の成績
2位は坂本勇人選手(29歳) 168安打 23本塁打 75打点
阿部慎之介選手(38歳) 91試合 104安打 12本塁打
それでも村田は戦力外となる。
巨人は2017年C.マギー選手(36歳)を獲得し、2018年中日のA.ゲレーロ選手(32歳)を獲得している。
村田選手を戦力外とする布石と想われた。
村田選手が独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスで埋もれたままでは、惜しまれる。
通算1865安打であり、後2年で2000本安打に到達したかもしれない。
なお、広島新井貴浩選手の2017年成績71安打で、2018年現在は通算2194安打に。

過労死は外国でもあるのか?

2018年07月12日 10時06分40秒 | 社会・文化・政治・経済
2015年12月の電通社員、高橋まつりさんの過労自殺から、昨年12月の石井直社長辞任表明を通して、日本の労働環境は海外でも大々的に取り上げられた。
過労死が死因として認められる国、日本」を見つめる欧米諸国の反応と、海外の過労死・過労自殺についてまとめてみた。


「ワーカホリックは日本の企業文化」
電通の過労自殺事件は日本国内はもちろん、海外にも大きな衝撃を走らせた。長年にわたり「ワーカホリック(仕事中毒)国」としてのイメージが定着していた日本だが、一部では「日本人は自発的に長時間労働に励んでいる」という曲解が生じていた。

今回の事件は日本に根付く労働環境の中核に、労働者を長時間勤務に追いこむ企業文化の影があることを、他国に広く知らしめるきっかけとなった印象を受ける。
「日本人は働くのが本当に好きだね」という賞賛とも皮肉ともつかない視点から、「日本人は働かないと駄目だものね」という同情まじりの見方に切り替わったというところだ。

日本で報じられたパワハラに関してふれている報道は、ほとんど見かけなかった。「パワハラは世界共通」であるため、ニュース性が低いと判断されたのだろうか。


日本企業のコンプライアンス体制に疑問
日本では終戦から2年後の1947年に労働基準法が制定され、憲法第32条で労働時間は1日8時間、週40時間、第35条で週1日の休暇が定められている。
しかし第36条では労使協定を締結し届け出た場合、協定で定める範囲内で法定労働時間を超えた労働が認められている。

海外メディアはこうした日本の労働基準法にふれ、日本にも労働基準法が存在すること説明したうえで、「長時間労働が会社への忠実心と見なされる日本では、労働基準法の存在はないに等しい」と、日本の労働環境の現状を表現している。

英ガーディアン紙は「日本では過労死が死因として認められる時代になった」と報道し、現代の先進国で過度の労働が死に結びつくという社会背景に驚愕の念を示した。
米ワシントンポスト紙は「より多くの自由時間を得るために生産性を向上させる」という概念が根付いている欧米と比較し、「日本にはワーク・ライフ・バランスという言葉はない」「毎年何百人、もしかすると何千人という日本人が過労死している」と、日本では珍しくなくなった過剰労働による精神的・肉体的な苦痛を報道。「法律は遵守されなければ意味がない」と、日本企業に根づいたコンプライアンス体制に疑問を投げかけた。


「過労死(Karoshi)」という単語が存在する日本
一連にわたる報道に欧米諸国が衝撃をうけた理由のひとつに、「過労死(Karoshi)」という単語の存在がある。英語圏では一般的に「過剰労働が原因の死(death from overwork)」という表現が用いられるが、過労死そのものを表す単語はない。

筆者が調べたかぎり、日本に並ぶ長時間労働が定着している韓国では、「クァロサ」という日本語の過労死にあたる単語が用いられているようだ。だからといって日本と韓国以外の国で、過労死がまったく起こっていないわけではない。

電子機器受託生産では世界最大級の規模を誇る中国のフォックスコン・テクノロジー・グループでは、2010年の1年間に25歳以下の若い工場員18人が過労自殺を試みている。幸い一命をとりとめた女性工場員は、毎朝マネージャーに調子を聞かれるたびに「いいです!すごくいいです!絶好調です!」と強制的に返答させられた後、「私語ひとつ許されていない静寂の中で、最高12時間にもわたる長時間労働を週6日間続けるのが苦痛だった」とその心境を語ったという。フォックスコンは事件直後自社の関連性を否定する一方で、中国工場員の給与を7割近くも引きあげた。

インドネシアでは2013年、米大手広告代理店ヤング・アンド・ルビカムの女性コピーライターが、数週間にわたる深夜までの勤務の末に24歳という若さで過労死したとの報道もある。


欧州でも若者の過労死や精神的ストレスによる大量の過労自殺
有給休暇が長く労働時間が短い国が多いことで知られる欧州からも、過労死や過労自殺が報告されている。2013年8月、バンク・オブ・アメリカのロンドンオフィスに勤務していた21歳のドイツ人インターン生が、72時間の連続勤務から自宅に戻った直後に脳卒中で死亡。このインターン生の死が、当時「インターン生の平均勤務時間は20時間」といわれていた欧州の金融産業に大きな波紋を巻き起こした。

しかしそれ以前にもフランスで大規模な過労自殺が問題となっている。2008年から2009年にかけ、大手通信会社、フレンチ・テレコム(現オレンジ)の従業員37人が次々に自殺を図るという衝撃的な事件が起きた。そのうち13人は一命をとりとめたものの、24人は他界。

これらの従業員の遺書では「仕事上のストレス」が自殺の理由とされており、英インデペンデント紙に掲載された労働組合代表のコメントから、フレンチ・テレコムでは従業員の行動(トイレに行く回数、食事時間など)が逐一管理下に置かれていたこと、休憩中も電話応対可能なようにWi-Fi通信機器の装着を強制されていたことなどが判明した。当時会長兼CEOを務めていたディディエ・ロンバルド氏は、事件の責任をとり辞任した。

こうした例は氷山の一角である。
日本のように長時間労働が企業文化に定着していないため、逆に外部からは気づかれにくい、見えにくいグレーゾーンになっているのかも知れないが、海外でも程度に差はあるものの長時間労働やパワハラ話は日常的に耳にする。

今回の日本の過労自殺事件を通して「過労死・過労自殺は日本独自の問題じゃない」と指摘する声も徐々に高まり始めており、労働ストレス軽減対策としてフランスでは今年「勤務時間外の業務メール禁止法」が成立。ドイツでも2014年に社会民主党が「反ストレス法」の制定を提案するなど、ゆっくりとではあるが労働環境の改善を図る方向に動き始めている。

過剰労働、パワハラを含め、精神的・肉体的苦痛に苦しむ労働者の命の糸が、今日も世界中で切れそうになっているのだ。(アレン・琴子、英国在住フリーライター)

プラートニック

2018年07月12日 02時28分48秒 | 創作欄

昼休みの時間帯に、同僚の平田愛子が声にならず、喘ぐようにしならがら徹に救いを求めてきた。
尋常ではない。
体に突然、異変が起きたのである。
手振りで、背中を叩いてほしいと訴えている。
「愛子さん、どうしたのですか?」と徹は歩み寄る。
彼女の豊かな胸が上下していない。
「呼吸が止まったのですか」と問いかける。
肯く彼女の端正な顔が苦悶し歪んでいる。
徹は背中を拳で連打した。
すると、「ああ、呼吸ができた」と愛子が振り返る。
豊かな胸が上下していた。
「死ぬかと思いました。ありがとうございました」
「いったい、どうしたのですか?」
「突然、息が吐けなくなったのよ。ああ、本当に苦しかったわ」
「心不全かもしれませんね。直ぐに病院へ行った方がいいでしょう」と促がす。
愛子は、神田からお茶の水の日本大学病院へタクシーで向かう。
そして、そのまま入院となる。
愛子は、冷暖房装置を背中にして、机に向かって仕事をしていた。
社内の男性たちのタバコの煙は、冷暖房装置へ向かって流れていたのである。
彼女は受動喫煙の被害者であったのだ。
徹は怒りに震える思いがしてきた。
徹は毎日のように、愛子さんの病室を訪れた。
欲衣姿の愛子さんは徹には新鮮に映った。
仕事場では常にスラックス姿で、愛子さんの足を見たことがなかった。
敬虔なクリスチャンである愛子は、徹が慕っていることに気付いてたが、距離を保っていた。
事故で亡くなった夫に操を立てる古風な女であったのだ。
二人の娘は、「ママはまだ綺麗なのだから、恋をしたら」と言っていた。
「恋をしても、プラートニックね」と愛子は応えた。
愛子は徹より7歳年上の元鎌倉夫人であった。
「私、神戸の実家へ戻ることにしました。お別れね」
「そうですか。寂しいですね」
「神戸に来られたら、お寄りください。是非」と手を伸べる。
徹は初めて愛子の手を握った。
それから、数か月して徹の空虚な気持ちを埋めるような女性が面接に来た。
その人は、エレベーターホールで躊躇している様子であった。
「面接の方ですね」と徹は声をかける。
「そうですが・・・」
「どうぞ、案内します」とエレベータのボタンを徹が押した。
後日、その人が徹に言った。
「あの時は私、面接止めようと思ったのよ」
「なぜですか?」
「ビルの地下1階がバーでしょ。雰囲気が悪いと思ったのよ」
「そうでしたか」
柴田由紀は田園調布育ちの元お嬢さんで既婚者であった。