今、人生のスイッチを
ちょっと変えたら、
10年後の自分は変わる。
こんな、言葉は活字の世界でなければ、出会えない。
人生に、心が通う友がいる。
<生き抜く力>となる励ましがある。
逞しさと知恵、一個の「人間」としての輝き。
決局、<自分に勝つ>以外道は開けない。
今、人生のスイッチを
ちょっと変えたら、
10年後の自分は変わる。
こんな、言葉は活字の世界でなければ、出会えない。
人生に、心が通う友がいる。
<生き抜く力>となる励ましがある。
逞しさと知恵、一個の「人間」としての輝き。
決局、<自分に勝つ>以外道は開けない。
2/15(金) 12:30配信 朝日新聞デジタル
心愛さんの骨折、1カ月放置 両親、虐待発覚を恐れたか
送検のため、栗原勇一郎容疑者を乗せて千葉県警野田署を出る捜査車両=2019年2月15日午前8時25分、千葉県野田市宮崎、中沢絢乃撮影
千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛(みあ)さん(10)が自宅で亡くなるまでの約1カ月間、両親が骨折を放置していたことが捜査関係者への取材でわかった。
千葉県警は虐待が発覚しないよう、医療機関を受診させなかった可能性があるとみて調べている。
県警は15日、傷害容疑で再逮捕した父親の勇一郎容疑者(41)を送検した。
勇一郎容疑者の送検容疑は昨年12月30日~今年1月3日ごろ、自宅で心愛さんの両腕をつかんで体を引きずり、顔を浴室の床に打ち付け、胸や顔を圧迫するなどの暴行を加え、顔面打撲や胸の骨が折れる傷害を負わせたというもの。
打撲と骨折は複数の箇所にあり、横になった心愛さんにひざでのる暴行もしていた。
捜査関係者によると、勇一郎容疑者は「覚えていない」「忘れた」「わからない」などと供述。なぎさ容疑者はこれまでに「傷を見られないために外出させなかった。
外に出ないように強く命じたし、見張った」といった趣旨の説明をしているという。
心愛さん母、友人に「これが事実」 温かい家に見えたが
松本江里加 2019年2月14日20時06分
骨折、動画撮影……。
自宅で死亡した千葉県野田市の小学4年、栗原心愛さん(10)が受けたとされる虐待が、県警の調べで次々と明らかになってきた。
周囲から「温かい家庭」とも見られていたが、何があったのか。
骨折、動画撮影……。自宅で死亡した千葉県野田市の小学4年、栗原心愛さん(10)が受けたとされる虐待が、県警の調べで次々と明らかになってきた。
周囲から「温かい家庭」とも見られていたが、何があったのか。
関係者によると、父親の勇一郎容疑者(41)となぎさ容疑者(32)は約10年前に結婚。友人の女性の話では、離婚を経て2017年2月に再婚し、なぎさ容疑者の出身地の沖縄県糸満市で暮らしていた。
同7月、なぎさ容疑者について親族が「夫からDVを受けている。
心愛さんも恫喝(どうかつ)されている」と市に相談。なぎさ容疑者が殴られたり「無能だ」との暴言を受けたりしているとの内容だった。
市はなぎさ容疑者への聞き取りを試みたが、次女(1)が生まれた直後の入院で、DVの有無を確認できなかった。
こうしたトラブルの後、勇一郎容疑者は「家族4人で千葉で頑張る」、なぎさ容疑者は「実家と縁を切ってもいい」と女性に話し、千葉県野田市に転居したという。
2/15(金) 朝日新聞デジタル
第11回朝日杯将棋オープン戦で初優勝を決めた藤井聡太六段(当時)。
2連覇を狙う=2018年2月17日午後、東京都千代田区、恵原弘太郎撮影
第12回朝日杯将棋オープン戦(朝日新聞社主催)の準決勝・決勝戦が16日、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで行われる。
前回、五段ながらも並み居る強豪を破って優勝した藤井聡太七段(16)が、これまで羽生善治九段(48)しかなしえなかった連覇を達成できるかが注目される。
前回優勝者として本戦シードされた藤井七段は今回、1、2回戦で現役A級棋士の稲葉陽(あきら)八段(30)と糸谷(いとだに)哲郎八段(30)を連破してベスト4入り。いずれも快勝で、充実ぶりをみせつけた。
準決勝の相手は第1回覇者の行方(なめかた)尚史八段(45)。
劣勢でもなかなか土俵を割らない粘り強い棋風が特徴のトップ棋士だ。
1、2回戦では菅井竜也七段(26)、久保利明王将(43)を相手に勝ち上がってきた。非公式戦では1局(結果は藤井勝ち)対戦している両者だが、公式戦では初対局。
互いに居飛車党で、主導権を握るためにどんな作戦を用意してくるかが見ものだ。
もう一方の準決勝は、第6回覇者の渡辺明棋王(34)に本戦初出場の千田(ちだ)翔太六段(24)が挑む。
渡辺棋王は現在挑戦中の王将戦で久保王将に3連勝とタイトル奪取に王手をかけ、棋王防衛戦では挑戦者の広瀬章人竜王(32)に2連勝しており、いま一番波に乗っている棋士のひとりだ。
一方、千田六段は4人の中で唯一、1次予選から勝ち上がってきた。
本戦1回戦では羽生九段を破っており、その勢いを渡辺棋王にぶつけることができるか。
両者の対戦は2年前の棋王戦五番勝負だけ。
渡辺棋王に千田六段が挑戦し、2勝2敗で最終局にもつれこんだが、最後は渡辺棋王が勝って防衛に成功した。
すべて先手番が勝つという激戦だった。
今回はどちらが先手番を握るのか。振り駒の結果も影響を与えそうだ。
◇
準決勝は16日午前10時30分、決勝は午後2時30分から。持ち時間は各40分で、切れると1手1分未満の秒読みとなる。公開対局と大盤解説会のチケットは売り切れ。
対局と解説会の模様は朝日新聞デジタル(http://www.asahi.com/shougi/)でライブ中継される(有料会員が対象)。
このほか将棋連盟ライブ中継、AbemaTVでも放送される。
没後50年
2018(平成30)年、藤田嗣治の没後50年を迎え、大規模な回顧展が開催されるなど再び藤田芸術に注目が集まっています。
この機会に東京富士美術館では、藤田の画業の中でも特筆すべき分野の一つである挿絵を中心に紹介する展覧会を開催する運びとなりました。
当館には藤田の生涯を通じてフランスで出版された貴重な挿絵本をほぼ網羅する50冊がまとまって収蔵されており、そのコレクションはこの藤田の美しく愛すべき「本のしごと」を紹介する本展の一章を担っています。
1886(明治19)年、東京に生まれた藤田嗣治は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の西洋画科で学んだ後、1913(大正2)年にフランスに渡ります。
1919年にサロン・ドートンヌに出品した6点すべてが入選。
エコール・ド・パリの代表的な画家として活躍し、とりわけ1920年代初頭に発表した乳白色の肌をもった裸婦像は藤田独自の表現として当時のヨーロッパで高い評価を得ました。
フランスで画家としての地位を確立した藤田は、絵画だけでなく挿絵本の仕事にも積極的に取り組みました。
19世紀後半から20世紀にかけて、希少性の高い挿絵本は愛書家たちの収集対象となっており、藤田がパリに渡った当時のヨーロッパは挿絵本の興隆の時代でした。
1919年、藤田は初めての挿絵本『詩数篇』を手がけ、1920年代には30冊以上の挿絵本がフランスで出版されました。
これは当時のフランスでの藤田の人気を反映したものであると同時に、藤田自身が挿絵本の世界に魅せられていたことを物語っています。
本展では戦前のフランスで発行された藤田の挿絵本、1930年代から40年代の日本での出版に関わる仕事、1950(昭和25)年フランスに移住した後の大型豪華本の挿絵などの「本のしごと」を中心に、絵画や版画といった「絵のしごと」、さらには藤田が友人に送ったハガキや絵手紙、手作りのおもちゃ、陶芸作品なども同時に展示し、藤田の幅広い制作活動を紹介いたします。
なかでも、1913
( 大正2)年に渡仏し、1920年代にはパリで「画壇の寵児」と なった藤田は、当館のコレクション形成にとって重要な作家で、開館前からその作品の収集を始め、特に戦後藤田 と交友したアメリカ人フランク・E・シャーマンの旧蔵コレクションをまとめて収蔵できたことは大きな成果で した。
そして、開館の翌年に開催した「レオナール・フジタ―絵と言葉」展は、画家・藤田が絵画制作とともに、フ ランスで手がけた「挿絵本」を網羅的に紹介した初めての試みでした。
その後、「藤田嗣治と愛書都市パリ」(2012 年、渋谷区立松濤美術館、北海道立近代美術館)、「藤田嗣治 本のしごと―日本での装幀を中心に」(2013年、千代 田区日比谷図書文化館)などが開催され、藤田の挿絵本は多くの方々に知られるようになりました。
2018(平成30)年は藤田嗣治の没後50年にあたります。
これを記念し、目黒区美術館では、藤田の画業の中か ら挿絵本を中心に紹介する展覧会を再び開催いたします。
1886(明治19)年東京に生まれた藤田嗣治は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の西洋画科で学んだ後、 1913(大正2)年、26歳でフランスに渡ります。
1919年、サロン・ドートンヌに出品した6点すべてが入選し、 1920 年代初頭に発表した乳白色の肌をもった裸婦像は、藤田独自の表現として当時のヨーロッパで高い評価を 得ました。
フランスで画家としての地位を確立した藤田は、絵画だけでなく挿絵本の仕事にも積極的に取り組む ようになります。
19世紀後半から20世紀にかけて、希少性の高い挿絵本は愛書家たちの収集対象となっており、 藤田がパリに渡った当時のヨーロッパは挿絵本の興隆の時代だったのです。1919年、藤田は初めての挿絵本『詩 数篇』(Quelques poèmes)を手がけ、1920年代には30冊以上の挿絵本がフランスで出版されました。
すでに挿 絵を手がけていた他の画家たちを凌駕するこの仕事量は、当時のフランスでの藤田の人気を反映したものである と同時に、藤田自身が挿絵本の世界に魅せられていたことを物語ってもいます。
本展では、戦前のフランスで発行された藤田の挿絵本、1930年代から40年代の日本での出版に関わる仕事、 1950(昭和25)年フランスに移住した後の大型豪華本の挿絵などを中心に、藤田嗣治の「本のしごと」をふり返り ます。
また、絵画や版画といった「絵のしごと」、さらには藤田が友人に送った葉書や絵手紙、手作りのおもちゃ、 陶芸作品なども同時に展示し、藤田の幅広い創作活動を紹介いたします。
文字を装う絵の世界
※ 本展は、2018年1月、西宮市大谷記念美術館でスタートし、目黒区美術館、ベルナール・ビュフェ美術館、東京富士 美術館を巡回いたします。
本展では、東京国立近代美術館所蔵の藤田嗣治旧蔵本を中心に、各開催館蔵・個人蔵の挿絵 本を併せて展覧いたします。
また、油彩、水彩、版画などの作品は各開催館の館蔵品を中心に構成します。
【出品数】(予定)
・書籍タイトル数(雑誌も含む)= 100タイトル
・作品(絵画・立体など) = 約40点
・書簡(葉書・手紙) = 約40点
※ 書籍の挿絵は一部額装で展示します。
※ 書籍は同タイトルの本を複数冊展示するものもあります。
【関連イベント】
●特別講演会「藤田嗣治 ―〈絵〉と〈言葉〉」
逆境にも自分の支えとなるものは「誰のため」という目的観だ。
苦難さえ向上の追い風にする、充実の人生を生きる。
勇気は人を繁栄へ導く‐セネカ
今こそ殻を破ることだ。
一つの種が実を結べば、いくつもの種をつける。
梅は寒風の中、百花に先駆けて咲く。
激励こそ<万の力>
午後1時からブロックの会合げ行く。
雪が降ってきた。(1 時的だったが)
渡辺さんの休暇に合わせて、会合は金曜日の午後1時である。
「ザックバランに」と何時も渡辺さんが言うとおりの渡辺流(テンポ)の会合であった。
先日のブロック会合は、6人だったが、今日は9人。
何時も参加する方3人が用事や風邪などで姿を見せなかった。
読んできた本の感想を全員が述べたが、坂東さんは娘時代に博多から神奈川のイベントへ夜行列車でやって来た話などをする。
本に書かれている内容の舞台裏として興味深く聞く。
昭和30年代のことである。
同じイベントに中田さんも娘時代に参加していたそうだ。
参加した方々のそれぞれの体験は、歴史を裏付ける物語でもあった。
会合後のお茶会で、当方が昭和50年代の取手の台宿などの話をする。
ところで、坂東さんは派遣で東地区から八重洲地区に来ていて、来月から地元に活動の拠点を移す。
中田さんは「2年半お世話になりました。坂東のようになりたいです」とお礼を述べていたが、坂東さんは誰もが認める素晴らしいご婦人である。
努力家で教養も豊であり、聡明。
そして優しく朗らかな人柄にごお婦人の皆が好感を寄せていた。
敢闘会の打ち合わせを相田宅で開く。
午前10時30分からであるが、20分前に家を出たので本願寺の脇の道を通り、旧取手第一中学の跡地の工事現場を覗いて見る。
また、知人が住んでいたマンションの前を通る。
知人は、当方の父親と同世代で、皆から「お父さん」と呼ばれていた。
知人が住んでいたのは、中学校の野球グラウンドの裏だった。
ところで、知人の自宅兼パン屋の店が、中学生たちの火の不始末から隣の家が火事となり、知人の自宅も全焼してしまった。
その火事で知人はマンションに移転した。
近所に長男の自宅もあったが、息子の世話にはならなかった。
記憶はその道を通らねば、頭の中に沈んでいた。
また、市営住宅の跡地を見て、この家でも火事で焼け死んだ老人が居たことも思い出された。
普段は通らない道を時間の調整で歩いて、思わぬ記憶が蘇った。
敢闘会の式次第を決めた。
終わってヤオコウでコーヒーを飲む。
知人の鶴川さんの話となる「自宅ではなく、会社の寮に住んでいるつもりになって、同僚が財布を盗んだ」と騒いでいたそうだ。
写真が趣味で、2年前まで敢闘会の写真を撮っていた人が認知症である。
真壁のひなまつり 和の風 第十七章
2019年 2月4日~3月3日
!注意!ひなまつりをご観覧の方は真壁伝承館には駐車しないでください
◆日時 2019年2月4日(月)~3月3日(日)
AM9:30過ぎ頃からPM16:00くらいまで
※真壁市街地の商店街は、水曜日が定休日のお店が多いのでご注意ください。
◆場所 真壁市街地他
交通アクセス、所要時間などの詳細→こちら
◆最新情報 真壁のひなまつりfacebook、観光協会facebook 、ツイッター 等
平成15年2月にはじまった「真壁のひなまつり」は、今回で17回目を迎えます。
地域有志の皆さんが、歴史的建造物を後世に伝えようと、町並み保存団体を立ち上げてから25年。長年にわたる地域の皆さんと行政が一体となった、伝統とおもてなしの町づくりをぜひご覧ください。
民家とお店合わせて約160件飾られています。入場・見学無料です。
✿真壁のひなまつりインフォメーション✿
・お食事
・おみやげ
ひな人形を飾っている会場はパンフレットにあるだけで約200!3分の1見るだけで3時間ほどかかりました。先々で話しかけてくれるので、ついつい会話が弾んでしまいます。
真壁の方々も「あそこはすごい」とうわさするのが石田金物店。たしかに店内入口付近のつるし雛は見事の一言。色鮮やかで形もきれい。華や動物、人形など種類も豊富です。
山口県立高校2年生の自殺。
教員による生徒への<いじり>が<いじめ>を助長した可能性があった、と指摘されている。
教員はテレビのいじり芸を真似ていたのだろうか?
-----------------------------------------------------
俗に言ういじり芸人についての質問です。(気分を害すようでしたらスルーしてください。)
バラエティを見ているといじり芸人がいじられ芸人をいじっていますが、皆さんはどう思われますか?
私個人の意見はハッキリ言って好きな笑いでは無いです。
例として某番組で山崎と有吉が竹山をいじるという定番の件があります。
竹山に対して二人がかりで小学生がやるようなイタズラを仕掛けてそれに対してリアクションをすることで笑わせるという内容です。
面白いですか?
それに竹山がオイシイからいじり芸人に感謝しろ!と言いますが、これは口が達者ないじり芸人が自分達に都合の良いように言っているだけで、実際は有吉と山崎が面白い、いじりをすると捉えている人も私の周りには多々居ます。
それ故にいじり芸人の方がいじられ芸人より高く評価されているように思います。
そもそも有吉に至っては人の悪口を言うか、誰かをいじるか、または人の話に何かコメントする事でしか笑いをとれません。
(私はどれも面白いと思いません)
逆に自分にスポットライトが当たった時は極端に迫力が無くなります。
そして自分のつまらないエピソードトークを言った後即座に作り笑いでごまかす事がよくあります。
(最近は見て無いので分かりません)
芸人達の中で納得してやっているテレビ上の事なので私が口を出す事では無いですが、ああいった内容を面白がって真似する人も出てきます。
一般社会であれをやればいじめだと思います。
最近は気分が悪いのでそういった番組を見るのを止めました。
皆さんは世間で高く評価されているいじり芸人をどう思われますか?
長々と失礼しました。
貴重なご意見ありがとうございます。
私は、いじり芸を完全否定しているわけでは無く行き過ぎたいじり芸をする芸人が、ニーズがあるとはいえ高く評価され過ぎていることに強く疑問を感じてしまいす。
私の意見は、いじりや毒舌でスッとすることや軽い笑いは有るでしょうが、心底面白いとは思えません。
本当に評価されるべきお笑い芸人は自分で作り上げた作品(漫才、コント)やエピソードトークで心の底から笑わせてくれる芸人だと思います。
言いたい事は非常に理解できますが、僕は弄り芸肯定派です。
まず、僕は人間の本質がそれほど清廉潔白なものではないと考えています。
やっぱりタレントや芸人が弄られている姿や、ドッキリなどで酷い目に遭ってるところを見るのが面白いと感じる人は今も昔もたくさんいますし、有吉など毒舌芸人の悪口にスカっとするという意見が多いのも事実です。
そういった感情がどこから来るのかは心理学や哲学の深い話になってしまいますが、そもそも人間なんてそんなもんです。
それを否定してしまう方が嘘っぽい気がします。
ただし、下の方々からも出ている通り、一般社会でそれをやると単なる虐めになったり、人間性を疑われることにもなります。
たまに、テレビの芸人のノリで絡む人がいますが、僕はものすごく苦手で極力関わらないようにしています。特に子供はそういった虚構と現実の境目が曖昧ですので、くれぐれも学校などで真似をしないように厳しく躾けることが必要だと思います。
弄る芸人が弄られる芸人より高く評価されがち(あくまで視聴者から見た場合)というのは、その通りだと思います。
しかし、それは番組という『戦場』において生き残るために、敢えて『弄られ役』という損な役回りを買っているのであって、仮に竹山や出川が「もう弄られるのは嫌だから弄る側に回る!」という風になったら、おそらくたちまち仕事が無くなるでしょう。
バラエティー番組というのは、芸人同士の仲良しサークルではなく切った張った、生きるか死ぬかの面もありますので、理不尽に感じるかもしれませんがその中で自分の役割を見つけたとき、それが弄られ役だったならそれに徹し極めるというのは何もおかしなことは無いと思います。
実際、若手芸人でポーンと売れてしまった人の中には、求められたものに徹しきれずに消えて行く人もちらほら見かけます。
もちろんそういった番組で不快な思いをするというも不思議ではありませんから、見る見ないはその人が判断すれば良いと思います。
そういう人が増えて弄り弄られ芸の需要が無くなれば番組の質も変わって来るでしょう。
ただ、かつてM-1やレッドカーペット等で漫才やコントこそ笑いの正統という風潮に退屈していた視聴者(僕も含め)からすると、弄り弄られ芸や毒舌芸などの、どこまで踏み込めば番組的にセーフなのかというスリリングな駆け引きが非常に面白く感じます。
彼等のイスを引いたり顔を濡らすといった低レベルなイタズラは、笑いというにはお粗末です。需要が有るので、嫌なら見るなといいますが、お笑い番組が好きだった私には、今が過渡期だと思い質問しました。
松本人志のコントやエガちゃんは封印されつつあります、彼等こそクリエーターであり新しい笑いを考える真の芸人だと思います。
比べれば違いは一目瞭然です。これからの番組はつまらくなる一方でしょう。
いじってるというか芸人の価値を下げてその下げ幅を笑っているだけに思います。
いじられてる方も普通にしゃべったら面白いのに無理くりにいじられ芸人みたいな扱いを受けているのを見ると、視聴者の立場から普通にしゃべらせて欲しいとかちゃちゃ入れんなとかもうええわ!って思う事が多々あります。
もうお笑い芸人としてどうとかよりもテレビで売れていまっているから楽な方にいってしまってるんじゃないですかね。
『自分にスポットライトが当たった時は極端に迫力が無くなります。』というのも よくわかります。
人の事批判してる割に全然面白くないんですよね。
人的にどうとかは全然思いませんよ。
いじるいじられるは特に関西とかでは日常でもあるし、いじられた方も『今自分おいしいな』と思う事もあるんで悪いとも思わないけど、小学生がやるようないじめみたいな事をあえてテレビでやる必要はないと思います。
いじられてる側になんかさせるのも白々しすぎてなんか冷めます。
私の意見は、いじりや毒舌でスッとすることや軽い笑いは有るでしょうが、心底面白いとは思えません。
本当に評価されるべきお笑い芸人は自分で作り上げた作品(漫才、コント)やエピソードトークで心の底から笑わせてくれる芸人だと思います。
いじるいじられるは特に関西とかでは日常でもあるし、いじられた方も→同感です。
お笑い芸人というよりもタダのタレントにしか思えません。
どっちかといえば保守的ですからハプニング的な事もないですし、松本仁志さんみたいな言い回しや発想力を垣間見た時のように心底笑える事はないでしょうね。
補足
水戸黄門として知られている徳川光圀公。
光圀公は好奇心旺盛で、当時では珍しかった牛乳や牛肉、豚肉なども進んで食べていたといい、ラーメンもそのひとつです。
「大日本史」編纂のために教えを受けていた儒学者・朱舜水という人物からラーメンを教わり、家臣たちにもご馳走したという記録が残っています。
この時、光圀公が食べていたラーメンを再現したのが「水戸藩らーめん」!
お店でも、自宅でも水戸藩らーめんを
大きな特徴は、レンコンを練りこんだ麺と「五辛」と呼ばれる薬味。
水戸市内にある製麺業者・川﨑製麺と、水戸藩料理研究を進めていた石田屋、大塚屋、金龍菜館などが中心となって再現し、現在では全6店舗で水戸藩らーめんを食べることが出来ます。
その全ての麺を提供している川﨑製麺からは、お土産用の水戸藩らーめんも販売されています。
日本で初めて食べられたラーメンを再現したいにしえの味「水戸藩らーめん」を食べてみた
筑波山の中腹にある筑波山梅林。標高約250m、広さ4.5ヘクタールの梅林には、約1,000本の白梅、紅梅が植えられています。
山麓ならではの斜面が広がる梅林の園内には見晴らし台や巨石などたくさんの見どころがあり、最上部の「展望あずまや」からの眺めはまさに絶景!眼下に広がる一面の梅林はもちろん、筑波山麓の田園風景とつくば学園都市の街並みや、天気がよければスカイツリーや富士山を見ることもできます。
筑波山名物ガマの油売り口上の実演や、風流な気分が味わえる野点茶会などのイベントもお楽しみのひとつ。春薫る筑波山へ、ぜひお出かけください。