厚労省が昨年公表した資料(「愛の鞭ゼロ作戦」)には、体罰や暴言が、子どもの脳に「萎縮」や「変形」などの大きな影響を及ぼすという研究結果が引用されています。
この研究を行った福井大学の友田明美教授によると、子ども時代に厳格な体罰を受けた18~25歳の男女の脳を、MRIで解析したところ、感情や思考をコントロールする「前頭前野」の容積が、平均して19・1%少なく、萎縮していました。
この領域は,感情や思考をコントロールし,犯罪抑制力に関わっているところです。
さらに集中力・意思決定・共感などに関わる「右前帯状回」も,16.9%の容積減少、物事を認知する働きをもつ「左前頭前野背外側部」も14.5%減少していました。
人間が人間であるために極めて重要な部分が、体罰の影響によって育たなくなるというのです。
これらの部分が障害されると、うつ病の一つである感情障害や,非行を繰り返す素行障害などにつながると言われています。
本能的な欲求や衝動を抑える機能が影響を受け、犯罪を繰り返すようなことさえ懸念されます。
なぜ、体罰で脳が萎縮するのでしょうか?
虐待や体罰を受けた脳は、ストレスホルモンを大量に分泌します。
それが、脳の発達を一時的に止めてしまうからです。
以前に受けた体罰を思い出し、うつ状態となり、脳の萎縮が始まることすらあるのです。
スポーツ指導者には、「士気を高める」という理由で、子どもを体罰で追い込む人間がいます。
しかし、脳科学の視点から見れば、それは逆効果でしかありません。
現実には子どもの自発性、やる気をそぐ行為だということがハッキリわかります。
言葉の暴力でも、脳は変形!
言葉による暴力が、脳の「聴覚野」を変形させることもわかってきました。
「暴言を浴びせられると言葉の理解力などが低下し、心因性難聴にもなりやすい。ストレスを受け続ける期間が長ければ長いほど、影響があることを知ってほしい」(友田教授)
「体罰を受けた本人が、それを“愛のムチ”だと思えるならいいのではないか」と考える人がいるかもしれません。
しかし、本人が体罰を暴力だと認識していなくても、子どもの脳は確実に悪い影響を受けるのです。
体罰を受けたヒトの脳の画像解析が、体罰や暴言は子供たちにとって「百害あって一利なし」だと明示しています。
早目のケア、そして「体罰禁止」の法制化を!
多くの疾患と同様に、脳が受けた“傷”も、早いうちに手を打つことが重要です。
とりわけ、子どもの脳は発達途上であり、可塑性という柔らかさを持っています。
国内外の研究では、患者と医師らが信頼関係を築き、ケアする中で、萎縮した脳の容積が回復した例も報告されています。
そのためには,専門家によるカウンセリングや「認知行動療法」などの心理的な治療,トラウマに対する心のケアを,慎重に時間をかけて行っていく必要があるでしょう。
子どもへの体罰を法的に禁止した国は、53ヵ国に上っています。
体罰禁止国では、劇的にあるいは着実に体罰・虐待が減少しています。
一方、日本は体罰への認識が甘く、成人男女の6割以上が容認しているとの調査結果もあります。
しかし、脳科学・医学の見地から鑑みれば、わが国においても「体罰禁止」という方向性を打ち出すことが必要だと思われます。
友田明美(ともだ・あけみ)さん
1987年、熊本大学医学部医学研究科修了。医学博士。
同大学大学院小児発達学分野准教授を経て、2011年6月より福井大学子どものこころの発達研究センター教授。同大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長兼任。
2009~2011年、および2017年4月より日本科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究日本側代表者を務める。
著書に『新版 いやされない傷――児童虐待と傷ついていく脳』など。
東京医科歯科大学藤原武雄教授らの研究
悪いことをしたときにお尻をたたく幼児への体罰は、約束を守れないなどの問題行動につながり、しつけとして逆効果-。そんな研究結果を藤原武男・東京医科歯科大教授(公衆衛生学)らの研究チームが国際子ども虐待防止学会の学会誌に発表した。
チームは、厚労省が子育て支援策などへの活用を目的に平成13年生まれの人を追跡している「21世紀出生児縦断調査」のデータ約2万9千人分を使い、3歳半の時にお尻をたたくなどの体罰の有無が、5歳半に成長した時の行動にどう影響しているか分析した。
その結果、3歳半の時に保護者から体罰を受けていた子供は、全く受けていなかった子供に比べ、5歳半の時に「落ち着いて話を聞けない」という行動のリスクが約1・6倍、「約束を守れない」という行動のリスクが約1・5倍になるなど、問題行動のリスクが高いことが分かった。
藤原教授は「お尻をたたくことは日本では社会的に許容されている部分があるが、今回の結果からは、問題行動につながる行為だと言える」と語る。