「お前やってることは法律に引っかかってんだよ!」 コインハイブ事件
2/16(土) 13:00配信 ねとらぼ
「お前やってることは法律に引っかかってんだよ!」 コインハイブ事件、神奈川県警がすごむ取り調べ音声を入手
モロさんが事件についてまとめた「仮想通貨マイニング(Coinhive)で家宅捜索を受けた話」(モロさんのサイトより)
「お前やってることは法律に引っかかってんだよ!」――自身のサイトに「Coinhive(コインハイブ)」を設置したとして検挙されたWebデザイナーを、神奈川県警の捜査員がどう喝している取り調べ音声データを入手。当事者とその弁護士に検挙の問題点を聞きました。
事件のあらまし
サイト訪問者のPCを使ってWebブラウザ上で仮想通貨をマイニング(採掘)させる「Coinhive(コインハイブ)」を設置したことを巡り、複数の検挙者が出ている問題(通称:Coinhive事件)。ねとらぼでは1月30日に「なぜコインハイブ『だけ』が標的に 警察の強引な捜査、受験前に検挙された少年が語る法の未整備への不満」との記事を公開し、検挙者の1人である少年を取材しました。
今回は前述の記事内でも紹介し、現在刑事処分に対して異議を申し立てる裁判を行っているWebデザイナー「モロさん」の検挙事件について取り上げます。
モロさんがCoinhiveの存在を知ったのは2017年9月下旬のこと。ニュースサイト「GIGAZINE」で公開された記事を見て、「(邪魔な)広告をなくして快適にサイトを閲覧できるなら」と自身のWebサービスに試験導入を決めました。
導入後は、導入前と同程度のアクセス時間・アクセス数を保っていたものの、約10日のテストで得られた収益は300円程度。技術面でのテストがメインだったこともあり、導入日と同日に公開した記事「Coinhiveを紹介する記事(現在は削除済み)」には「Coinhiveという広告を駆逐できるかもしれないツールがリリースされた」「賛否があるので、試す場合はほどほどにした方が良さそう」「使ってみなければ良しあしの判断がつかないため1カ月程度試験運用してみる」とつづっていました。
その後、11月上旬にはCoinhiveを削除したモロさんでしたが、2018年2月上旬に神奈川県警から「とある事件の捜査に協力してもらいたい」電話がかかってきたことから、人生が一変することになります。
結婚式直前に10時間拘束の家宅捜索
「友人がなにかに巻き込まれたのだろうか……」と、当初は何の件で警察から連絡を受けているのか分からなかったというモロさん。自宅で令状を見せられ、家宅捜索が始まってからも、「不正指令電磁的記録 取得・保管罪(通称:ウイルス罪)」に該当する行為が思い当たらず、訳が分からないままPCが操作されるのを見守っていったといいます。
しばらくは捜査員に聞かれるがままに、運営しているサイトの情報について答えていましたが、“ここぞ”というキーワードが出た際に捜査員がやたらと復唱することから、数時間たってようやく「Coinhiveが原因らしい」と分かったとのこと。なおこの家宅捜索が行われたのは結婚式の前週で、10時間にも及んだ拘束の後は現在の奥様に泣きながら謝罪をしたそうです。
捜査員のどう喝音声データ
3月上旬には神奈川県警へ出向いての取り調べを受けたモロさん。HTMLの「head」と「header」を混同するレベルの知識を持ったサイバー課の捜査員に困惑しつつも素直に調べに応じていたといいますが、突然私服の捜査員と思われる男性が取調室に乱入してきて“どう喝”を受けたとのこと。ねとらぼではこの取り調べの録音データを公開するとともに、該当部分について書き起こします。
神奈川県警:モロさんよぉ。
モロ:はい?
神奈川県警:な、お前やってることは。
モロ:はい。
神奈川県警:法律に引っ掛かってんだよ。な、わかんだろ、ここまでは。引っ掛かってんだよ、法律に。
モロ:……はい。
神奈川県警:な、だから警察ガサやってんだよ。
モロ:はい。
神奈川県警:こうやって取り調べやってんだろ?
モロ:はい。
神奈川県警:引っ掛かってんだよ。お前がどう思おうが関係ねぇんだよ。引っ掛かってんだよ。分かるか?
モロ:はい。おっしゃってることは……。
神奈川県警:な。引っ掛かっちまったんだから、やっちまったことはしょうがねぇよ。な、わかったらちゃんと反省しろよ。今後どうすんだよ。またやんの?
モロ:いや、やらないつもり……です。
神奈川県警:やんねぇだろ。
モロ:はい。
神奈川県警:だったらちゃんと反省しろよ。
モロ:そう……先ほどお話していたように。
神奈川県警:だから! なんでそこで、言葉が返ってくんだよ。反省してんの!?
モロ:いや、なんか、変に伝わったらまずいかなと思って……本当にお騒がせしたことは悪いと思ってます。
神奈川県警:お騒がせじゃなくて。
モロ:法律に関しては、現段階では分からない、って感じですね。
神奈川県警:だから引っかかってるっていうの教えてやってんじゃねぇかよ。
モロ:え……警察の方ですよね?
神奈川県警:警察だよ。だから、反省しろよって言ってんの。
モロ:あの、法律についてのことは警察の方は述べられないっていう風に聞いたんですけど……。
神奈川県警:裁判所が令状だしてんだろ。
モロ:そうですよね。
神奈川県警:そうだろ? だから引っかかってんだよ。それについて反省しろよって言ってんの。
モロ:……はい。
神奈川県警:わかった?
モロ:はい。
神奈川県警:な、お前だってこれから……新婚さんだろ?
モロ:はい。
神奈川県警:ちゃんと清算して、やってくんだろ?
モロ:はい。
神奈川県警:だったらちゃんと反省しろよ。
モロ:はい。
神奈川県警:同じ間違いすんぞ。
モロ:はい。
神奈川県警:な。
モロ:気をつけます……。
その他も、「自分の両親が同じ目に遭ったらどう思う?」との問いに「どうも思わないと思います……」と返したモロさんに「あなたの感覚はおかしいよ」と人格否定まがいの意見を述べていたという捜査員ら。こうした取り調べについてモロさんは「このご時世にこういうのまだあるんだなぁ……これはやってなくても自白するわ……」と当時の心境をブログで明かし、「調書の上で可能な限り“金にがめつい悪人”のように演出する必要があった」「どんな形でも『反省してます』の一言が必要だった」のではないかと推測しています。
その後は3月下旬に検察庁での取り調べがあり、略式起訴(罰金10万円)が科せられたモロさんですが、現在は異議を申し立てて刑事裁判を行っています。
モロさんが語る、神奈川県警の捜査姿勢
――2018年2月上旬にコンタクトしてきた神奈川県警の担当者はどの部署の方ですか。またどうやってモロさんの連絡先を把握したのでしょうか。
モロ:電話してきたのは神奈川県警港南警察署の方で、家宅捜索前の電話の時点では「生活安全課」を名乗っていましたが、取り調べでは「サイバー課を名乗って感づかれたらまずいからね」と言っていたので、実際にはサイバー犯罪対策課の方だったんだと思います。神奈川県警は私が契約しているサーバ会社の登録情報を全て持っていたので、そこから電話番号を知ったのではないでしょうか。
――何人の捜査員でモロさんの取り調べを担当しましたか。またどう喝していた捜査員はどういう立場の方か分かりますか。
モロ:取り調べに直接関わったのは4人で、1人から2人が入れ替わりで取調室にいました。過激な発言をした捜査員は30代後半くらいのガタイのいい体育会系の男性でしたが、立場や氏名を聞くことはできませんでした。取り調べの合間に捜査員たちが「今日はあの人が来てるから」と、厄介なOBを警戒する部活動生のようなやりとりをしていたので、恐らく他の3人に比べて立場が上の人なのではないかと思います。
――他にも威圧的に感じる場面はありましたか。
モロ:調書の修正を求めたときも「書き直して、印刷し直してだからあと数時間はかかる」「明日も来ないといけなくなる」といわれて断念しましたし、「休憩したい」と伝えた際も「今日一日で終わらなくなっちゃうよ」「早く終わらせないと、仕事休んでまたここまで来るの大変でしょ」と言われたりという感じでたびたびプレッシャーをかけられました。
――もっとも詳しく聞かれたのはどんな部分でしたか。
モロ:捜査員の方はしきりに「headで読み込んだということは、全てのページで効率よく金もうけをしようとしていたのだろう」と確認をしてきたのですが、そもそもどこで読み込んだから効率がいい、ということはなく、どのページで読み込むかもheadで読み込むかどうかとは全く関係のないことなので、その説明に1時間近く費やしたと思います。最終的に出来上がった調書には「全ページで読み込みたかったからheadで読み込みました」というようなことを書かれてしまい、こちらからお願いした修正もかないませんでした。
――“どんな形でも「反省してます」の一言が必要”と感じた部分もあったそうですね。
モロ:過激な捜査員の方がしきりに「反省してんのか?」と詰め寄ってきたときもそうですし、「自分の親がコインハイブ使われたらどう思う?」というやりとりに至るまでも何度もそう思わざるを得ないやりとりが続きました。例えばこんな感じです。
神奈川県警:GIGAZINEを見たということはコインハイブを使って炎上したケースは知ってるよね?
モロ:はい。
神奈川県警:炎上したということは悪いことをしてたんだよね?
モロ:それはケースバイケースだと思います。
神奈川県警:じゃあ、あなたは炎上なんて何とも思っていないということ?
モロ:そうは言ってません。
神奈川県警:じゃあ多くの場合はどう? 炎上するのは悪いことをしたケースのほうが多くない?
モロ:それはそうかもしれませんね。
神奈川県警:じゃあ、もしあなたが炎上してたらどうした?
モロ:一生懸命説明したと思います。
神奈川県警:でも許してくれない人も多いと思うよ?
モロ:多くの人は理解してくれるはずです。
神奈川県警:じゃあ少数派はどうでもいいの?
モロ:そうは言ってないでしょう。
神奈川県警:じゃあ少数の人たちに対しては申し訳ないと思う?
モロ:そう思う面もあります。
神奈川県警:申し訳ない?
モロ:まぁ……。
神奈川県警:申し訳ないということは反省してる?
モロ:はぁ……。
モロ:という感じで、「反省してます」と言うまで「じゃあ」「もし」と極端な「例えば」がひたすら続きますし、だんだん何の話か分からなくなりながら根気強く答えていっても、最後は「あなたの感覚はおかしいよ」と切り捨てられるだけでした。本当に露骨なので、あの場にいれば10人が10人「反省してますって言わせたいんだな」と感じると思います。
――「Coinhiveについての紹介記事」について現在は削除されていますね。削除に至った経緯を教えてください。
モロ:「他のクリエイターの人に同じ経験をしてほしくない」という思いから、家宅捜索の際に「これが犯罪だと思ってる人なんていないですよ。注意喚起してもいいですか?」と申し出ましたが、「それで犯罪者が捕らえられなくなったらあなたの罪になるからおすすめしない」という風に言われ、かないませんでした。そして家宅捜索から2日後の2月8日にあらためて、「削除だけでもだめですか?」と申し出ましたが家宅捜索のときと対応は変わらず、「自分が紹介記事を書いたことを隠す意図はない」「必要ならいつでも復元できるようにしておく」「魚拓もとる」と食い下がっていたら、数時間後に「おすすめはしないけど止めもしない」という形で黙認されました。このとき「止めないのは削除ですか? 注意喚起ですか? それとも両方ですか?」と確認したのですが、捜査員から「削除でしょ。常識で考えて」と言われたのが印象に残っています。どこの常識だろうと一人でモヤモヤしました。
――今回の刑事処分に異議を申し立てる裁判を決意された経緯を教えてください。
モロ:今回のように、新しい技術が専門知識のない警察の独断で裁かれてしまうと、今後Webの仕事をしていく上でとても大きな足かせとなりますし、業界全体が常に警察の目におびえることになってしまうと思ったからです。中には「事前に法律の専門家に相談しておけば」という声もありましたが、判例のない事件前の時点では、法律の専門家といえど何かをはっきり明言できる状況ではなかったと思います。Coinhiveで逮捕者が出た時点で警察に問い合わせた人もいましたが、その時もぼんやりとした回答で、今になってもまだ明確な基準は明かされていません。
当時Coinhiveを試した多くの人は「これならユーザーはもっと快適に自分のサイトを楽しんでくれるかも」と期待しながら新しい取り組みに挑戦したと思います。そういった方々が家宅捜索や逮捕、実名報道にさらされて「二度とPCを触りたくない」と感じてしまうのはとても残念なことです。どういった理由で犯罪とされるのか明確にならないままでは、いま技術的に盛り上がっているフロントエンドの領域も一変して地雷原の様相です。ユーザーのためにいち早く足掻いた技術者が割りを食うような現状は、絶対に正しくないと思います。
もうひとつだけ、技術的なことに造詣の深い弁護士の平野敬先生に出会えたことも幸運でした。何人かの弁護士の方に問い合わせたのですが大抵は話がかみ合わず、「ITに強い」とされている方でも「仮想通貨」や「マイニング」となるとやはり難しいようで、諦めかけていたところに知人が紹介してくれたのが平野先生でした。平野先生がいなければ裁判に移行することもできず、泣き寝入りするしかなかったと思います。
――本件について奥様や周囲の方は理解を示してくださっていますか。
モロ:妻はこの業界の人ではないのであまり詳しいことは分かっていないのですが、家宅捜索からずっと応援して、励ましてくれています。母や義母もそうですし、今もお世話になっている取引先の人たちや技術者の友人たちもずっと応援してくれていて、本当にありがたい限りです。私が今もインターネットを好きなままでいられるのも、そんな周りの人たちや平野先生、セキュリティ研究者の高木浩光先生のおかげです。心の底から感謝しています。
モロさんの弁護士「推定無罪の原則を真っ向から否定している」
現在も裁判が続いているモロさんの事件ですが、モロさんの代理人である平野敬弁護士は本件をどう見ているのでしょうか。見解を伺いました。
――モロさんの弁護人を引き受けることになったきっかけを教えてください。
平野弁護士:モロさんからのコンタクトです。かつて代理人を務めたUQ WiMAX事件のことをご存じで、ITに詳しい弁護士として選ばれたようです。
――モロさんが検挙されたという事実について、平野先生の見解をお聞かせください。
平野弁護士:「Coinhiveは本当にウイルス(不正指令電磁的記録)にあたるのか」という点を脇においても、いくつか問題があります。
対象選択の問題
警察が捜査に踏み込んだ2018年2月時点において、モロさんはすでにCoinhiveを自分のサイトから撤去済みでした。2017年10月にTwitter上で他人から「閲覧者の同意を得たほうがいいのでは」と指摘を受け、それからわずか1週間で自発的に撤去していたのです。Coinhiveで採掘できた仮想通貨も極めて少額で、引き出しもしていません。刑事手続の対象とすべき事例とは思えません。
捜査体制の問題
今回、主に動いていたのは神奈川県警港南署の生活安全課です。ITに関して一定の知識をもつ警察官もいたようですが、そうでない者も多数いました。モロさんが技術的な説明をしても理解してもらえず苦労したようです。取調べは長時間にわたり、一方的な調書にサインを求め、モロさんが訂正を求めると取調べの長期化をにおわせて脅しました。
条文解釈の問題
ウイルス(不正指令電磁的記録)の要件は(1)反意図性 と(2)不正性 なのですが、両方とも極めて曖昧です。2011年に制定された当初から乱用の危険があると指摘されてきました。明確な基準で運用しなければ処罰範囲が無限に広がり、技術の萎縮を招きかねません。今回警察は「Coinhiveがなぜウイルスにあたるのか」、根拠や明確な基準を示さないまま一斉摘発に乗り出しています。
――本件でモロさんが取調べ時に音声データを録音することは法的には問題ありませんか。
平野弁護士:違法ではありません。
――音声データにおいて警察官がモロさんに対する態度についてはいかがお考えでしょうか。
平野弁護士:言葉遣いの乱暴さも問題ですが、「裁判所が(捜索)令状を出しているんだから違法に決まっている」「被疑者は弁解せず反省しなければならない」という思考が警官の口から自然と出てくる点に恐ろしさを感じます。推定無罪の原則を真っ向から否定しているわけですから。「新婚さんなんだろ」という、反抗すれば家族に迷惑が掛かるぞと暗示するような言葉には背筋が凍る思いです。
――今回の集団検挙については、いかが考えでしょうか。また集団検挙に関する法の問題点などがあれば教えてください。
平野弁護士:私はモロさんを含め複数人の弁護を引き受けていますが、裁判まで行っているのはモロさんだけです。私の担当外では、既に略式で起訴され罰金を受け入れている方が何人かいると聞きました。弁護人をつけて裁判で争うのは時間も費用もかかりますから、やむを得ないものと思います。泣き寝入りを強いられ、何人もの技術者が人生を狂わされてしまったのは、とても残念に思います。
モロさんの裁判は2月18日に最終弁論と論告求刑が行われ、3月中には判決が出る予定です。
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