無罪確定も「まだ犯罪呼ばわり」
2/6(水) 10:01配信 西日本新聞
【平成の事件】志布志・選挙買収冤罪 虚偽の自白なぜ? 無罪確定も「まだ犯罪呼ばわり」
無罪判決を受け、喜び合う元被告や支援者たち=2007年2月、鹿児島市の鹿児島地裁
「平成」が間もなく終わろうとしている。テクノロジーの進化で暮らしが豊かになり、多様な価値観が受け入れられるようになった一方で、数々の事件が起きた時代でもあった。九州では2003年(平成15年)の鹿児島県議選をめぐる冤罪事件で、多くの人が人生を狂わされた。この事件は私たちに何を残したのか。当時取材した西日本新聞の記者が、再び現地を歩いた。
警察が壊した生活は、元に戻っただろうか-。そんなことを考えながら、かつて取材で通った山道を10年ぶりに車で登った。向かった先は鹿児島県志布志市・懐(ふところ)。「志布志事件」と呼ばれる選挙買収冤罪(えんざい)事件の舞台になった集落だ。
2003年。わずか6世帯の集落で、全ての家から、逮捕されたり起訴されたりした人が出た。過酷な取り調べによる自白の強要で体に異常を来し、救急車で運ばれた人や自殺しようとした住民もいる。「犯罪者」のレッテルを貼られて勤め先を解雇され、子どもや親類、友人に絶縁された。
「一度狂わされた人生は、簡単には戻らん」。07年3月の無罪判決確定後も、住民は口々に訴え続けた。
陽の当たる山の中腹に、家々が寄り添うように建つ。懐集落のたたずまいは、今も変わらず穏やかだ。
藤山忠(すなお)さん(70)宅を訪ねた。藤山さんは03年4月17日から任意の取り調べを受け、虚偽の自白を強要された。数万円を受け取った容疑で同年5月13日に逮捕。最終的に4回に分けて計26万円をもらったとして起訴された。勾留は186日に及んだ。
逮捕前だけで140時間の聴取。取調官は机をたたき、いすを蹴飛ばして「他ん衆(ほかんし=他の住民)はみんな認めたど」とうそを告げ、「おまえも認めたら交通違反と同じ罰金で済む」と迫った。「今にも殴られる勢いじゃった」
妻成美さん(68)も03年6月25日に逮捕され、4カ月半勾留された。「まさに拷問。取調官の大声が怖いのよ」
藤山さんは会社を辞めずに済んだが、無罪確定後も取り調べが頭に浮かび不眠に悩んだ。成美さんは2人組の男性を見ると、集落を張り込んだ刑事を思い出して動悸(どうき)がする日が続いた。
「まだ犯罪者呼ばわりするのか」
10年前と同様、居間で取材に応じてくれた2人。藤山さんは5年前に定年退職し、今は農業をしながら暮らす。「冤罪の“後遺症”はもうない。集落の人の暮らしも元通りになったよ」と成美さん。だが夫婦は2日前、買い物をしている時、見知らぬ年配の女性に「警察に捕まった人よね」と声をかけられた。「まだ犯罪者呼ばわりするのかと頭に来てねえ」。藤山さんの声がうわずった。
志布志事件では起訴された13人のうち、藤山さんら6人がいったん買収を認めた。やっていない罪をなぜ認めてしまうのだろう。
藤山さんは「買収の会合は何回あったか」と取調官に聞かれた。答えようがなく、当てずっぽうに「2回」と答えると「違う」と怒られた。「4回でしょうか」と言うと「その通り」-。警察の描く筋書き通りに「自白」した。「密室で朝から晩まで連日責め立てられると、頭がぼうっとしてどうでもよくなる」
今年8月11日、裁判で住民を支援した市民による冤罪をテーマにしたシンポジウムがあった。市内の会場をのぞくと、殺人事件で再審無罪が確定した「布川事件」の桜井昌司さん(71)と、「足利事件」の菅家利和さん(71)がいた。
2人はともに、捜査段階で虚偽の自白をしている。シンポの後、単刀直入に「なぜ認めたのですか」と聞いた。2人の答えは藤山さんと同じだった。「怒鳴られ続けてあきらめの境地になった。あの心理は体験した者しか分からない」
近年、昭和に起きた事件をめぐって裁判のやり直し請求が相次いでいる。九州では松橋事件(熊本)で服役した男性の再審開始が決まり、大崎事件(鹿児島)についても最高裁が審理している。だが平成に入っても、村木厚子・元厚生労働事務次官を犯人に仕立てた大阪地検特捜部の証拠改ざん、大阪市の小6女児焼死事件をはじめ、冤罪被害は続いている。こうした反省から、16年に成立した刑事司法改革関連法では、取り調べの一部可視化などを義務付けられた。先進国の日本で、なぜ冤罪被害が続くのか。
「真実の叫びに聞く耳を」
否認を続け不起訴になった川畑幸夫さん(72)の家に寄り、久しぶりに庭の石碑を見せてもらった。大きく刻んだ「真実」の文字。川畑さんは志布志事件に関連する取り調べで、父親や孫の名前を書いた紙を踏まされる「踏み字」を強要された。不起訴になったが、住民の刑事裁判が続いていた05年、「裁判官に真実に気付いてほしい」との思いで碑を建てた。
碑の文字をなでながら、川畑さんは語った。「どの冤罪も取調官が相手の言い分を聞かなかったことで起きた。警察、検察、そして社会が真実の叫びに聞く耳を持つ。冤罪を防ぐ第一歩だ」
連載「平成の事件」
この記事は、西日本新聞とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。「平成」という時代が終わる節目に、事件を通して社会がどのように変わったかを探ります。2月4日から6日まで、計3本を公開します。記事・写真は2018年9月16日時点のものです。