2016年3月、テレビ・コメンテーターとして活躍していたショーンK氏の経歴がすべてウソだったことが明らかとなりました。これによって彼はほとんどの番組を降板しています。

きっかけは、彼が学歴を詐称(さしょう)しているのではないかという週刊誌の報道でしたが、フタを開けてみると学歴はもちろん、生まれや育ち、職業など、何から何までデタラメでした。もちろん経歴詐称はあってはならないことですが、ショーンK氏の一件は、私たちの認識がいかにいい加減なものかを示してくれたという点で非常に有益だったといってよいでしょう。

ショーンK氏は自身の学歴について、テンプル大学卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得したと説明していましたが、どちらもウソでした。

ビジネスについても会社を経営しているのは事実のようでしたが、ニューヨークに本拠を置く経営コンサルティング会社のトップとして、グローバルに活躍しているというのはやはり虚偽(きょぎ)の説明でした。それだけの仕事をしている人が、テレビやラジオで何本ものレギュラー番組を持つことは、時間的な制約上、ほぼ不可能といえます。しかしテレビ局の人も含めて、多くの人が彼の経歴詐称を見抜けませんでした。

人材コンサルタントの城繁幸(じょうしげゆき)氏は、ラジオ番組に呼ばれ、彼と話をしたことがあったそうですが、ウソの情報を面と向かって主張することはほとんどなかったと述べています。しかし会話をする中で「グローバルに活躍している」「ハーバードで学んだ」といった情報を自然に織り交ぜてくるそうです。

コンサルタントという仕事は一般の目には触れにくく、多くの人がその実態を知りません。このため、ごく普通の人がコンサルタントという肩書きに騙されてしまうのは致し方ないことといってよいでしょう。しかし、城氏はエリート・ビジネスマンとしてかなりの経歴を持っており、コンサルタントという人種がどのような人たちなのか、その「ニオイ」も含めてよく知っていたはずです。

よくよく考えると「おかしい」ということはあったそうですが、城氏ほどの切れ者でも、その瞬間は「そんなものかな」と思ってしまったわけです。堂々とプロフィールにウソの経歴を書かれてしまうと、面と向かってそれに疑問を呈する人はほぼいません。

しかもショーンK氏はテレビなどで活躍していますから、まさか学歴や経歴がウソだとは思わないでしょう。さらに、会話の中で、それを裏付ける情報が自然に流されるとなると、よほど偏屈な人でない限りは相手を信じてしまいます。このことは、間接的に示された情報は私たちの印象に大きく影響するという現実をよく表しています。しかも、その間接的な情報が、あたかも客観性が高いように見えるものだった場合、その効果は倍増するのです。

こうした先入観による影響はあちこちで観察することができます。 
「あの人は一流大学卒なのに仕事ができない」という言葉を聞いたことがある人は大勢いるでしょう。もしかするとあなたもこうした発言をしているかもしれません。しかしよく考えてみると、この発言には少しおかしなところがあります。

一流大学「なのに」と言っている背後に一流大学なら仕事ができて当たり前、一流大学卒の人は仕事ができるはずだ、という先入観が存在しています。学歴と仕事については後ほど詳しく説明しますが、ビジネスの現場では、学歴と仕事の能力に関しては緩い相関しかないというのがコンセンサスになっています。

つまり、高学歴者で仕事ができる人は比較的多いが、全員がそうとは限らないというのが現実です。しかし、高学歴者は皆、仕事ができるはずだというイメージはかなり浸透しており、それがあらゆる分野に影響を与えています。

どんなに間違った意見であっても、会社の中で高学歴者の主張が通るというのはよくあることです。その結果、会社に大きな損失が発生しても、その人が責任を問われることはまずありません。学歴がよいというだけでここまで優遇されるとなると、ショーンK氏のように学歴を偽(いつわ)る人が出てきても不思議ではないでしょう。

ショーンK氏の話や高学歴者の話から分かることは、経歴詐称のウラには学歴信仰があり、さらにその背景には「こういう立派な人がいて欲しい」という少々卑屈な願望が存在しているわけです。確かにショーンK氏は確信犯でしたが、こうしたウソのイメージを求めているのは、実は私たち自身である可能性が高いのです。

日本人は特に権威に弱い生き物であり、それによってホンモノとニセモノが頭の中で形作られているという現実を、私たちは自覚しておかなければなりません。

加谷珪一 さん
経済評論家。

東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。

野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。

現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っており、ニューズウィーク日本版(電子)、現代ビジネスなど多くの媒体で連載を持つ。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。