NHKニュース 2014年1月26日 7
国は、施設などで暮らす障害者に地域のグループホームなどに移って生活してもらう
「地域生活移行」を進めていますが、こうしたグループホームに対する周辺住民の反
対運動が、過去5年間に全国で少なくとも58件起き、建設断念に追い込まれるケース
もあることが、NHKの取材で分かりました。
国は、障害のある人に地域の一般の住宅で暮らしてもらう「地域生活移行」を進めて
いて、各地でグループホームやケアホームの開設が進められていますが、周辺住民から
反対運動が起きるケースが全国で相次いでいます。
NHKが全国の都道府県と政令指定都市を対象に、過去5年間に起きた反対運動の件
数を尋ねたところ、少なくとも58件に上ることが分かりました。
また、精神障害がある人と知的障害がある人の2つの家族会にも同様の調査を行った
ところ、全国で合わせて60件の反対運動が起きていることが分かりました。
このうち家族会の調査では、反対運動を受けて、予定地での開設を断念したり別の場
所への変更を余儀なくされたりしたケースが36件に上っていました。
この中では、▽精神障害者のグループホーム建設に対して、住民が反対の署名を集め
て自治体に提出したケースや、▽障害者に差別的なポスターを予定地周辺に掲示したケ
ース、さらに、▽住民説明会で「障害者が住むようになると地価が下がる」と訴えて建
設反対を主張したケースなどがありました。
去年成立した障害者差別解消法の付帯決議では、グループホームの開設にあたって周
辺住民の同意は必要ないことが明記されましたが、障害者が地域で暮らすために周辺住
民との関係が大きな課題になっていることが浮き彫りになっています。
…などと伝えています。
障害のある人が地域社会で暮らすグループホームやケアホーム設置を巡る反対運動が起きて、計画断念に追い込まれるケースが、今全国で相次いでいます。
「ノーマライゼーション」の理念に基づき、施設などで暮らす障害者に地域のホームに移って生
活してもらう「地域生活移行」が進む一方で、なぜこうした問題が起きるのか。どうすれば障害
のある人とない人が共に地域で暮らしていけるのか。水戸放送局の井上登志子記者が取材しました。
*ホームが建てられない
東京・文京区小石川にある障害者のグループホームの建設予定地では、2年余り前に計画が持ち上がってから一部の住民が反対運動を続けています。建設予定地の周辺には今も「障害者施設建設反対」と書かれたのぼり旗が立ち並んでいます。この場所には文京区出身の障害者10人が暮らすグループホームが建設される予定です。
ホームを建設する社会福祉法人の江澤嘉男施設長は、「障害のある方たちが地域の住民の方と普通に交わって、地域の中の一市民として認めてもらえるためにも、このグループホームができあがることがわれわれにとって悲願です」と話しています。
しかし文京区が開いた説明会では、建設に反対する住民から障害者への不安や嫌悪感を示す発言が相次ぎました。
説明会の議事録には反対する住民たちの発言が記されています。
「女性の後をつけ回したりしないか」「ギャーとか、動物的な声が聞こえる」「(地価など)資産価値が下がる」
こうしたグループホームへの反対運動は、今、全国各地で起きています。
対話を重ねても双方が折り合えないケースもあります。文京区も、説明会を何度も開きました
が反対派の住民たちは、計画の白紙撤回を求め続けています。NHKの取材に対して周辺の道路が狭いことなどを反対の理由に挙げ、「住民説明会は単に形を繕うだけのものだ」としていま
す。
反対派住民との関係は今もこう着状態に陥ったままで、文京区障害福祉課の渡邊了課長も
「やはりまだまだ障害者への理解が進んでいません、地域において十分浸透していないというこ
とを痛感します」と話しています。
*対立より「賛成派」を増やす
一方で、茨城県牛久市には反対運動を乗り越えて、3年前に建設されたケアホームがあります。
このホームでは、知的障害のある20代から40代までの男性4人が暮らしています。
ホームを運営するNPOの秦靖枝さんは、反対運動が続くなかで周辺住民との交渉に中心とな
ってあたってきました。秦さんによると、当時、ホームの建設に反対した人のほとんどが、障害
者と身近に接したことがない人たちだったといいます。
住民説明会では、反対する住民の1人が「インターネットで集めた障害者の問題行動の事例だ」
とする資料を持参して、会場で配布したということです。
当時の資料を見ながら秦さんは、「インターネットですごくいろいろ出るんです。『突然に突き飛ばす』とか『たたく』とか。
不安感とか分からないことに対する恐怖心、それがどんどん悪い方にエスカレートしていくんだと思うんです」と話してくれました。
周辺住民の不安を取り除くには知ってもらうしかないと、秦さんたちは説明会を繰り返すととも
に、入居予定者一人一人のプロフィールを紹介する書類を作り、入居予定者本人と一緒に近所を回りました。
そのうちに反対する人は減っていき、最後は数人だけになりました。
秦さんは「反対してる人は、数はそんなに多くはないんですが声が大きい。だからとにかく説明をして分かっていただいて、反対している人と戦うのでなく賛成している人を増やそうとした」と回想します。
牛久市のケアホームでは、今では入居者が回覧板を届けるなど、近所の人との間に自然なつき
あいが生まれています。近所の人も「障害者というと『見た目もだらしない』という目で見てたんじゃないかと思うんです。でもそれが、普通の人と変わらないでしょ。『お隣の人が来てくれた、あー、ご苦労さま』というのと同じですよね」と笑顔で話していました。
入居者の1人、今野寛也さん(25)は、このホームに住むようになって初めて料理を覚え、仲間と共に自立した生活を送っています。
生活が軌道に乗り、地域で暮らす住民としての自覚も芽生えてきました。
今野さんはホームを代表して地域の避難訓練にも参加しました。災害のときには高齢化が進む
この地域の助けになりたいと考えています。
ホームがある地区の代表の男性も「『地域の一員』という気持ちだから参加してくれてるんじゃないかなと思っているんです。僕らは障害者とか何とか、そういう思いはないんでね、普通にふだんにつきあってるつもりです」と話しています。
*反対が目立つのは「新興住宅地」
この牛久のケースのように、ホームを運営する側が懸命に努力して、地域の一員として普通に
交流ができるようになったところがある一方、今なお、周辺住民の理解を得られず難航している
ケースもあります。こうしたグループホームへの反対運動は「施設コンフリクト」と呼ばれ、NHKが全国の都道府県と政令指定都市の担当者に聞いたところ、この5年間で少なくとも58件の反対運動が発生しているということでした。
また、障害がある人の2つの家族会に聞いてもその件数は合わせて60件に上るということで
した。
つまり自治体、家族会のどちらに聞いても60件程度の反対運動を把握しているということです。
このうち家族会が把握している60件の反対運動のうち、設置を断念したり予定地を変更せざるを得なかったりしたケースは36件に上っていました。
施設コンフリクトについて研究している大阪市立大学の野村恭代准教授は、「こうした反対運
動は古くからの住宅街よりも新興住宅街で、より多く確認されています。新興住宅街は、障害者
と接する機会が比較的少ない若い世代が多く、こうした人たちが“障害者は怖いのではない
か”という判断をする傾向が強いためだと考えられます」としています。
こうした状況を解決しようという動きも出てきています。去年6月、「障害者差別解消法」が成立しました。
障害者への差別を解消する責任は国や自治体にある、と明確に定めた法律です。
法律では、国や自治体が差別による紛争を防止し、解決を図るために体制を整備するよう求めていて、ホームを設置しようとする事業者にとって、大きな後押しとなるものです。
野村准教授は「私が行った調査でも、事業者だけに任せて施設コンフリクトがこれまで解消し
たというケースは非常に少ないので、行政が積極的に介入していくことが必要だと思います」と
話しています。
*自治体が橋渡し役を
障害者差別解消法の趣旨にのっとって、実際に自治体が前面に立って周辺住民との交渉にあたり、事業者と共に設置を進めているケースもあります。
神戸市須磨区にある県営住宅には、知的障害のある20代から40代の女性6人が暮らすグル
ープホームがあります。入居者はそれぞれが個室を持ち、自立して生活しながら地域に溶け込んで暮らしています。入居者の1人の岩田幸子さんは、「ホームでの生活は楽しい」と話し、近所
の人との関係について「ここに住んでいる人はみんなすごく優しいです。毎日出会ったときは挨
拶しています」と話してくれました。
また、同じ棟に住む自治会長の女性も「入居者が出かけるときとか帰ってこられたときに明るい笑顔で挨拶してくれるので、こちらも“ほっこり”するんです」と話し、入居者と地域の人との間に温かい関係が築かれていることがうかがえました。
須磨区のこのホームが順調に運営されている要因の1つが、兵庫県の「マッチング事業」です。
この事業では、県が空室のある県営住宅のリストをグループホームの事業者に公開し、それ
を見た事業者が条件に合った住宅を選びます。
その後、県の担当者が事業者と一緒に周辺の住民への説明会に出席してホームへの理解を求めます。
県がホームと住民の間に立って調整したうえで県営住宅へのホームの設置が実現しているのです。
兵庫県障害福祉課の入江武信課長は「空き室のままになっている県営住宅にグループホームが入ってくれれば、県にとっても家賃収入が増えるというメリットがあります。
行政も説明会に参加して『グループホームとはこういうもので、何かあったら行政がバックアップしますよ』ということを説明して住民の安心感を得るようにしています」と説明しています。
須磨区のホームを運営する事業者は、以前、同じ神戸市内で一戸建てのグループホームの建設を目指しましたが、周辺住民の反対運動で断念しました。
それだけに、自治体の存在は大きいと感じています。
ホームを運営する社会福祉法人の正心徹施設長は、「住民の方は『障害者グループホーム』に
ついて、『分かりにくい』『理解しにくい』と、不安を感じているのかもしれません。
そういうとき、信頼すべき行政機関が先に、『こういう事業なんですよ。住民の方たち、安心して受け入れてください』というような説明をきちんとしていただいた。その前提があるから私たちも事業に取り組みやすかった」と話しています。
兵庫県のケースのように、行政が間に入ることで住民側も安心することができてうまくいくという面があります。
「障害者差別解消法」が成立したときの国会での付帯決議では、「自治体がグループホーム設置の認可をする際に、周辺住民の同意を求めなくてよい」と明記しています。
これはつまり、ホームの設置に際して周辺住民の理解を得る際、事業者だけでなく、自治体
も当事者であって行動する責任があるのだ、ということを意味しています。
しかし、今回の私たちの取材では住民への理解を求める努力をすべて事業者任せにしている自治体もありました。
専門家や厚生労働省の担当者も「障害者差別解消法の趣旨が十分に浸透していない」と指摘しています。
*増加中の「NIMBY」とは?
この問題について考えるとき、障害のある人たちがグループホームなどに移って暮らす、「地
域生活移行」がなぜ今進められているのかを改めて考える必要があると思います。
障害があり、様々な状況から家族と共に暮らすことが難しかった人たちの多くが、これまで施設
や病院に入って生活してきました。
受け入れ先がないために、「社会的入院」と呼ばれる状態で長期間を病院で過ごし、そのまま生涯を終える人もいました。
施設や病院は集団生活のため決まったスケジュールに沿って行動しなくてはならないなど制限も多く、また郊外の山間部などにある施設も多く、障害者たちは生まれ育った地域から隔離されてきました。
こうした状況は障害者の人権を損なっているだけでなく、また障害のある人とない人が接する
機会が減ることにもなって、差別や偏見を助長する原因にもなってきたという指摘があります。
こうした状況への反省から生まれたのが、障害のある人たちが地域で普通に暮らせるようにという「ノーマライゼーション」の理念で、グループホームなどの設置もこのノーマライゼーションの視点から進められているのです。
さらに親元で暮らす障害者も、親が高齢化し親が亡くなったあとにも生活していけるようにと、グループホームに入ることを希望するケースが増えています。
グループホームを開設できなければ、こうした人たちが地域に戻って暮らすことができなくなり、障害のある人を再び地域から隔離することになってしまいます。
グループホームへの反対運動について専門家はゴミの処分場や火葬場などを「迷惑施設」だと
して反対する“NIMBY”と呼ばれる住民の行動パターンと似ていると指摘しています。
“NIMBY”とは“Not In My BackYard”つまり、「自分の裏庭には来ないで」という英文の略で、「施設の必要性は認めるが、自分の近所には建てないでほしい」という主張です。
しかし、グループホームは「人が住む住宅」です。野村准教授は、グループホームが「人が住む場所」だからこそ、反対運動を乗り越えた地域では以前よりも強い、住民同士の絆が生まれて
いると指摘しています。
そして、「グループホームは迷惑施設ではなく、うまくいけば地域の中で住民どうしのつながりを形成する場所として機能している。
障害者が暮らしやすい地域はほかの住民すべてにとっても暮らしやすい地域であり、より“成熟した社会”なのです」と話していました。
逆説的な言い方ですが、グループホームへの反対運動には、新たな、より良い地域づくりへの
可能性も秘められているというわけです。知らないことに対する不安やおそれは誰もが持つもの
です。
それを乗り越えて、一歩踏み出すには近道はなく、ただ「知る」ことしかないと牛久市のNPOの秦さんは話していました。
取材をして、私たち一人一人が今問われているのだと、思いました。