9/1(火) 7:01配信
現代ビジネス
安倍晋三総理が8月28日、体調不良による辞任を表明したことにより、ポスト安倍レースの号砲がついに鳴った。本稿では、次期総理最有力候補に躍り出た菅義偉官房長官の政権構想、そして閣僚人事を大胆に予想してみたい。永田町や霞が関関係者、報道関係者への取材を総合し、それぞれ根拠も合わせて説明していこう。
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最初から「菅氏が本命」だった
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次期総理候補の筆頭は、安倍総理の辞任表明前から、実は菅義偉官房長官だったと言っていい。というより、現在の自民党の政治家の顔ぶれを見ても、菅氏の他に総理が務まる人材がいないのだ。菅氏はきょう1日にも、正式に自民党総裁選への立候補を表明する見通しだ。このこと自体が、もはや「菅総理」が自民党内で既定路線となった証拠とも言える。
現実的な「ポスト安倍」候補は、菅氏の他には2人いた。麻生太郎財務相・副総理と岸田文雄自民党政調会長だ。
だが79歳の麻生氏は、高齢のため再登板は難しい。すでに総裁選に立候補しないことも表明しており、安倍政権の終了後まもなく政界を引退する可能性もある。一方、「ポスト安倍の最有力候補」と言われ続けてきた岸田氏は、新型コロナでの給付金をめぐる一連の騒動で政調会長としての威信が大きく揺らぎ、レースから事実上脱落していた。
安倍総理が辞意を表明した8月28日に新潟に出張していたことも、岸田氏の政局勘のなさを露呈してしまった。「番記者に『さすがに今日はやばいんじゃないですか』と午前中に念押しされたのに、『予定通りだ』と強行した」(全国紙政治部記者)というのだから、目も当てられない。慌てて夕方に東京にとんぼ返りしたが、「いかに安倍総理との距離が開いていたかがわかる」(同)。
石破茂元自民党幹事長は、国民からの人気は高いものの、自民党内の支持基盤があまりに弱いため、下馬評ほど総理の座に近いとは言い難い。また、「何でもかんでも自分で解決しようとして部下に仕事を任せない」(自民党ベテラン議員)性格がリーダーには不適格だとの指摘も出ている。今回の総裁選が党員投票なしで実施される公算が大きいことも逆風となる。
二階俊博自民党幹事長は81歳と高齢で、麻生氏と同様、総理の激務に耐えられるとは思えない。何より二階氏自身が、幅広い人脈と政局勘を最大限に生かせる幹事長ポストこそ、自分の天職だと自覚している。「二階氏は総理が誰だろうが、自分を最大限評価してくれる人の味方につく。それが今は安倍首相なだけ。総理が誰であっても、二階氏の立ち位置は変わらない」(同)。
結局、総理大臣は国民からの認知度や人気だけでなく、党内を納得させ、黙らせるだけの力や実績がある人物でないと務まらない。自民党というムラ社会における政治力と人脈、連立与党である公明党とのパイプの太さ、霞が関をも掌握する調整力と統率力など、官房長官を7年半務めた菅氏の実力は、いまや岸田氏や石破氏とは比べ物にならない。
安倍政権の路線を踏襲する
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では、菅氏がもし総理となった場合、どのような政治を展開するのだろうか。
菅氏は理念先行型ではなく実務家タイプの政治家だ。かつてインタビューで「自分には政治家としての目標がない」と述べたことすらある。そのため、新たな国家像を打ち立てるというよりは、安倍政権の路線を継承しつつ、規制緩和や省庁改革など、社会の効率化路線を一層推し進めると予想される。
菅氏はこれまで、官房長官として全省庁から情報を吸い上げると同時に、各省庁の局長級人事を差配する内閣人事局を掌握してきた。当然、各省庁がどのような課題を抱えているか、政策遂行のためには、どの幹部に何を指示すべきかについても通暁している。
菅氏はこれまで、農協改革や携帯料金値下げなど、規制産業の改革を主導してきた。総理になった場合、このような規制改革をさらに進めることを目玉として、政権支持率の浮揚を目指すだろう。
一方で、口数が少ない菅氏は、多くを説明せず「ゴリ押し」に頼る傾向も強いため、それが裏目に出る可能性もある。かつて「ふるさと納税」を導入した際には、制度に欠陥があるとして反対した当時の総務省幹部を左遷し、実施を強行した。こうした「剛腕」の実情が大きく報じられるようになれば、少なからぬ国民の反感を買うことは間違いない。
もうひとつ、菅氏の致命的な欠点が「人を見る目のなさ」である。
昨年は菅原一秀前経産相、河井克行前法務相と、菅氏に近い閣僚のスキャンダルが続出した。党内外の情報を集約する立場である菅氏が、それらの話を事前に耳にしていなかったとは思えない。「身内びいき」で問題を放置していたとすれば、由々しきことだ。
今回の総裁選をきっかけに、表向きは「無所属議員の勉強会」という形を取ってきた菅氏支持グループが組織化される可能性がある。しかし総理就任後、「菅グループ」の議員を重用しすぎれば、やがて身内のスキャンダルが政権の安定を危うくすることにもなるだろう。
外交は素人
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菅氏の身上は、派手な言動を慎み、実績を確実に残す「小言実行」。それは裏を返せば、華やかさに欠け、国民へのアピール不足・説明不足にもつながりやすいということだ。それがとりわけ懸念されるのが、外交分野である。
実質的な成果はさておき、安倍総理はドナルド・トランプ米大統領との親交、今年初めのイラン渡航など、外交に関しては「やってる感」を効果的にアピールできていた。
一方、菅氏は外交については素人。昨年5月の訪米の際には、「次期総理としての顔見せなのではないか」と噂されたものの、具体的な成果や内容はまったく表に出ず、何をしに行ったのか訝られた。
菅氏は自身の英語が拙いことも自覚している。だが総理ともなれば、外国首脳との懇談や「立ち話」で当意即妙な切り返しを要求される局面が少なくない。「寡黙で真面目なおじさん」キャラは日本では評価されるかもしれないが、諸外国からは失望されるだけだろう。
おそらく菅氏は、外交は部下に任せるのではないか。そもそも菅氏が外交分野で取り組みたい課題は、北朝鮮による拉致問題だけ。安倍首相と距離を縮めたきっかけも、拉致問題に関して意気投合したことだった。それを踏まえれば、後述するように茂木外相にトランプ大統領後のアメリカとの関係を、そして二階幹事長に中国との関係を、それぞれ維持してもらう方策をとると考えるのが合理的だ。
「河野官房長官」誕生か
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さて、ここからは「菅内閣」の閣僚人事について予想していこう。
まず、菅氏が総理となった場合、最も難しいのが官房長官のポストだ。「菅総理には菅官房長官がいない」と安倍総理が語ったのは、非常に的を射た見解である。
有力候補は河野太郎防衛相だろう。永田町では「『親の七光り』と見られていて人望がなく、若手の取り巻きもほとんどいない」(自民党ベテラン議員)と評判が悪いが、同じ神奈川を地盤とする菅氏とは距離が近い。菅内閣は1年ほどの短期政権で終わることも予想されるため、菅氏がグリップしつつ河野氏を引き上げることが考えられる。
岸田氏も候補ではあるが、菅氏との関係が悪い。ただ、総理候補としては地味であることが、官房長官としては逆に生きてくる可能性もある。官房長官を長く務めた菅氏は、「余計なことを言わない」ことが官房長官に最も必要な資質であるとよく知っているから、岸田氏を適任と考えるかもしれない。
官房長官は政権の代表として、毎日総理に代わって記者からの質問に答えるのだから、余計な感情をみせる人間やスタンドプレー好きな人間では務まらない。岸田氏が大派閥・宏池会の領袖であることも、政権運営にプラスになると判断しても不思議ではない。
「岸田官房長官」に不安があるとすれば、海外での邦人拉致・拘束など緊急事態における「鉄火場」で適切に対応できるかどうか、また今後、官房長官会見では予定質問の提出が減る可能性が高いが、想定外の質問にアドリブで回答できるかどうかだろう。これらは「決められない男」岸田氏にとって、最も苦手な分野だ。
ちなみに、西村康稔経済再生担当相が官房長官に就くとの下馬評も一部であるが、「マスコミにサービスし過ぎる」「脇が甘い」との評価が自民党内には根強く、官房長官を任せるのはリスクが大きい。自民党参院幹事長の世耕弘成氏も官房長官候補として取り沙汰されるが、「経産相時代には、2018年2月の日米首脳会談直前に経産省からのリークが疑われ、慌てて省内の部屋にカギをかけた『マスコミ締め出し』くらいしか目立った仕事をしていない。頼りの安倍総理がいなくなれば、枢要ポストは厳しい」(全国紙経済部記者)。
甘利氏「復活」は財務相として?
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次は重要閣僚だ。財務相は麻生財務相が留任するシナリオが有力だが、加藤勝信厚労相がスライドする可能性もある。財務省は加藤氏の出身官庁であり、実務上安定すると考えられるからだ。
一方、甘利明自民党税制調査会長が財務相に就くとの観測もある。理由は、新型コロナウイルス流行により、世界経済が壊滅的な打撃を受ける中、日本でも近く「コロナ債」の発行が現実味を帯びてくるためだ。
コロナ債とはその名の通り、現下の緊急事態で事業者への補償や経済活性化の原資を調達する国債である。7月にはEU各国が初めて共同債を発行し、約7500億ユーロを調達することで合意した。いまだにコロナ終息のタイミングが全く読めない以上、第二波、第三波が起きれば、また自粛要請を出す必要にも迫られる。飲食店や観光業などは特に大きな打撃を受けるため、その対策が必須となる。
こうした緊急事態の中、財務相が財政規律に厳しい人物では思い切った政策を打ち出せないため、経済再生担当相としてアベノミクスによる金融緩和を支えてきた甘利氏に、白羽の矢が立つ可能性がある。
甘利氏は財政規律を重んじる財務省とは距離があるため、機動的な財政を行えるという点では適任だろう。現職の麻生財務相は「財務省の守護神」とも言われたが、もし甘利財務相が誕生すれば、官邸と財務省の対立がより明確になるかもしれず、注目ポイントとなりそうだ。
甘利氏は2016年1月、支援者からの金銭授受疑惑を週刊文春に報じられ閣僚を辞任したが、事件に関する説明責任をまだ果たしていないとの声も国民には根強い。ただ、それ以前は「3AS(安倍、麻生、甘利、菅)」の一角として権力の中枢にいた。現在も「政府の重要案件については必ず絡む実力者」(自民党議員)であり、菅政権誕生の暁には入閣しても全くおかしくない。
外交は茂木氏・二階氏でカバー
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次は外交だが、前述したように、外交は菅氏にとって苦手分野である。懸案である北朝鮮による拉致問題については米国の出方にも大きく左右されるうえ、北朝鮮の体制にも動揺がみられる今、トランプ政権が終了すれば、いったんはそれなりに良好な関係を築いた米朝も再び対立を強めてゆくだろう。
トランプ政権が倒れて民主党のジョー・バイデン大統領が誕生した場合、少なくとも現在よりは対北強硬姿勢をとるとみられ、菅外交はその流れにうまく乗るしかなくなる。トランプ大統領が続投する場合も、安倍政権のように密接な対米関係を維持できるとは思えない。
そのため、対米外交については茂木外相を続投させ、大きな裁量を与えると考えられる。英語に堪能な茂木氏は目立ちたがり屋ではあるが、モチベーションが高く、何より日米貿易交渉をまとめた実績がある。国際交渉の経験が豊富なある自民党議員は「ほかの人材は国際交渉になると40点といったところだが、茂木氏はコンスタントに60点を取れる」と話す。
一方、対中国については二階氏の人脈でカバーする展開となるだろう。ただ、今回のコロナ禍でも、二階氏が習近平国家主席を国賓として迎え入れることにこだわったことが、日本国内での感染拡大を許す一因にもなった。「確かに頼りになるが、二階一本足打法はリスクも高い」(全国紙政治部記者)ため、どうヘッジするかが試されそうだ。
なお、韓国の文在寅大統領が親北朝鮮の姿勢を変えず、「反日」を梃子としたポピュリズム政治を続けるかぎり、日本側のトップが交代しても日韓関係に大きな変化はないだろう。
最大の課題は「政権内の人間関係」
その他の主だった閣僚ポストについてはどうか。平時でも実務の幅が広く、さらにコロナ対応で力量が問われる厚労相は、「とてもではないがバカが務まるポジションではない」(自民党閣僚経験者)ため、官僚出身で実務能力のある加藤氏が続投しない場合、厚労族のエースであり、厚労相の経験もある田村憲久衆議院議員が再任するとの見方が強い。
経産相については、経産官僚出身の西村氏は有力候補だ。新しいアイデアが求められる官庁の経産省は、スタンドプレーに走りがちな西村氏にはむしろいい舞台になるかもしれない。小泉進次郎環境相が経産相に就任するとの観測もあるが、自民党ベテラン議員は「環境相になって以降、底の浅さが露呈してしまった。とても任せられない」と語る。あくまで超ダークホースである。
防衛相は岸田氏か、河野氏が官房長官に就かない場合は続投の可能性がある。河野氏は得意の英語を駆使できるポジションが外務大臣の他に防衛相しかないことと、自民党支持層、とりわけ自衛隊ファンからの人気が大きいことが要因として挙げられる。いずれにせよ、宏池会への配慮のうえでも、岸田氏が何らかの形で入閣する公算が大きい。
ここまで予測した人事のうち、甘利財務相が誕生すれば、インパクトが非常に大きく、政策もかなりダイナミックに進むと思われる。その場合、菅氏にとって最大の課題は、甘利、茂木両氏の仲を円滑に取り持つことだろう。甘利氏は文春報道で失脚する前は、環太平洋経済連携協定(TPP)の困難な交渉の取りまとめに当たっていた。妥結直前になって、後任の茂木氏に「美味しいところを横取りされた」との思いがある。茂木氏のアピール癖が甘利氏を刺激しないか、配慮が必要となりそうだ。
以上、菅内閣の青写真を提示してみた。予想はあくまで予想であるが、一つの考え方としてお楽しみいただきたい。
松岡 久蔵(ジャーナリスト)