SLのイルミネーションが点灯

2017年11月17日 07時56分07秒 | 日記・断片
最低でも月に1回か2回は、東京の空気が吸いたくなるものだ。
取手の地元だけに閉じこもってはいられない性分。
電車賃もかかるが、拘ってはいられない。
実は東京デンタルショーにも行きたかったが、気がついたのは当日の午後。
諦めるほかなかった。
そして、昨日、取手駅から品川駅直通の電車に乗る。
初めは、まず上野駅で下車して上野の山へでも行こうかと思ったが、来た電車が品川行きであった。
日比谷公園でもと思ったが、新橋駅のSL広場へ出たらテントが設営されている。
ビールも日本酒も売っているので、そのテントに誘われた。
そして、歌声も聞こえてきた。
設営された舞台。
ラテンの曲「ベサメ・ムーチ」にうまい、と驚く。
多くの人が写真を撮っていた。
動画も。
取手市内のイベントにも来てほしいと思う。
そして、SLのイルミネーションが点灯された。
競輪祭(小倉)のアピールもしていた。

































大人の男の約束

2017年11月17日 06時46分25秒 | 創作欄
どのような思惑があったのだろうか、父親の勤務先の農協の理事長が徹を田園調布の自宅に呼んだ。
母親が夕食の時に言う。
「荒井のおじさんが、お前に会いたいと言っているんだ。自宅知っているだろ。行ってきな。明日の日曜日の午前中だよ」
「なぜだろう?」徹は首を傾げた。
「ともかく、行ってきなよ」
徹は高校の制服を着て行く。
丸刈りの頭を羞じていたので学帽をかぶる。
学校の校則を事前に知っていたら避けたい高校であった。
小学校の同級生であった荒井桃子には、坊主頭は見られたくないと思った。
桃子は美人4人姉妹の末子であった。
田園調布の街並みはほとんど変わっていなかった。
「同級生の誰かに会うだろうか」と徹は身を堅くした。
だが、明朗な性格の小学生であった徹は、「何を考えているかわからない」と見られる高校生になっていた。
ほとんど親しい学友がおらず自ら選ぶように孤立していた。
例え小学校時代の同級生に道ですれ違ったとしても、徹とは認識されない容貌となっていた。
大きな門も変わらなかった。
お手伝いの若い女性が、玄関前に散っていた桜の枯葉をほうきで集めていた。
真っ赤に色づいた葉の一葉をお手伝いさんは拾い前掛けのポケットに収めた。
少女のような笑顔で「こんにちわ」とポニーテールの頭を下げた。
「ご主人に呼ばれて来ました」と徹は告げた。
荒井のおじさんを「ご主人」と言ったが、当時PTAの会長をしていたので、生徒たちは「荒井のおじさん」と呼んでいたのだ。
大きな応接室に案内された。
そこへ桃子が現れたのだ。
「徹ちゃんね。しばらくだわね」親しみがこもった美しい笑顔であった。
長い髪は小学生のころと同じであるが、リボンはしていない。
徹は口ごもって「しばらく」とだけ挨拶した。
「同窓会にみんな来ているのよ。徹ちゃんもいらっしゃい。約束よ」桃子の声が美しくなっていた。
母親から「桃ちゃん、声楽家を目指しているのだって」と聞いていたが、良く響く心地のよい声であった。
そこへ和服姿の荒井由紀夫がパイプをくわえてやって来た。
「徹君、久しぶりだね」荒井の声は太く響く声であった。
お手伝いさんが紅茶を運んできた。
「君は詩作しているそうだね」と前屈みとなる。
「少し」
「実は、私も若いころ詩人だった」
「そうですか」
「<驢馬>とい同人誌があってね。そこに投稿していたんだ。遠い遠い昔の話だ」とパイプの煙の流れに目をやる。
パイプの香は好ましく思われた。
「またね」と桃子は席を立って笑顔を向けた。
「実は、今日、徹君に来てもらったのは、君のお父さんの件なんだ。お父さんの使いこみには困ったもんだ。私の監督責任もあってね。本来なら懲戒免職なだが、私の妻がね許してやって、と泣き付くんだ。徹君のお母さんと妻は無二の親友の仲だ。私は許すことにした。2度と競馬はやらないと誓約書もとってある。
そこでだ、君ももう18歳だ。大人の男の約束として、お父さんを立ち直させてもらいたいんだ。お父さんは根は真面目で仕事もできるし、農協にとっても必要なんだ」
「分かりました」徹にはそれ以上言うべき言葉がなかった。

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驢馬【ろば】
詩雑誌。1926年4月―1928年5月,全12冊。
驢馬発行所発行。室生犀星のもとに集まった中野重治,堀辰雄,窪川鶴次郎,宮木喜久雄,平木二六らによって創刊された同人雑誌。

11月16日(木)のつぶやき

2017年11月17日 03時31分10秒 | 医科・歯科・介護

充実した人生を知ったときの<感動>

2017年11月16日 12時57分31秒 | 社会・文化・政治・経済
「歌はわが友わが心」
「少年時代の私には<驚く>という能力があった」作曲家・古賀政男さん
珍しい楽器に出会えば、驚きと好奇心で心がいっぱいになったそうだ。
<驚く><感動する>という心の動きが、新しい<行動>へとつながっていく。
歓喜の心を起こす。
会うべきものに出会い、目の前が開けたときの<驚き>
充実した人生を知ったときの<感動>
創造の原点は<驚き>
豊かな自然と文化、歴史、そして日本の精神文化を発信していく。

地方組織の役割

2017年11月16日 11時56分09秒 | 社会・文化・政治・経済
野党の課題は、地方組織を強くし、政策を鍛え上げることだ。
政党は練り上げた政策が生命線だ。
選挙の度に政党名がコロコロ変わらない持続性を求められる。
そのためには、党としての地方組織がしっかりしていることが重要だ。
地方組織とそこに所属する党員や支持者を」つくる。
自民党には地方の商店街、青年会議所、農協といった支持組織があり、その組織との結び付きを地方議員が取り持っているから、組織そしてまとまっている。
竹中治堅さん(政策研究大学院大学教授)

農協の集金の使いこみ約20万

2017年11月16日 11時33分25秒 | 創作欄
木村徹の父晋三は、1度の大穴馬券的中に、日常の生活感覚を完全に狂わえた。
勤め先の農協の集金の使いこみの約20万円がどうにもならなくなったのだ。
昭和37年の物価高(参考)
たばこ(ゴールデンバット)30 円、 新聞購読月 390 円 、はがき 5 円、ビール 125 円、映画封切館 200 円、 国鉄初乗り 10 円。
初めの使いこみの5万円は、不動産業をしていた兄の浩一が穴埋めをしてくれた。
「2度と競馬をするな。誓約書を書け」と兄は不甲斐ない弟を諌めた。
2度目は、10万円で妻キクの父親が穴埋めしてくれた。
そして3度目はもうどうにもならない。
「死ぬほかないか」と川崎競馬場から歩いて多摩川へ向かった。
午後5時、11月の道はすでに暗かった。
コートの襟を立てながら、「冷たい川で死ぬのか」とつぶやく。
結局、橋を渡って蒲田方面へ歩いて行く。
コーチ屋の甘い誘いは、詐欺でしかなかったのだ。
「私は、オオバカだ。世の中、うまい儲け話などあるはずないのだ」自嘲するばかりであった。
背広の胸の内ポケットをまさぐる。
懐には5000円がまだ残っていた。
「酒とおでんだ」と居酒屋を目指す。
現在の職場は、妻の親友の荒井絹子の夫が理事長をしていた。
荒井由紀夫理事長の顔に泥を塗るのも同然の不祥事になってしまった。
「深く悔いても、もうどうにもならない」
居酒屋の片隅で「やはり、死ぬほかない」と追い詰められた気持ちとなる。
結局、農協の職場、自宅にも戻れない晋三は、茨城県取手の実家へ向かった。

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<参考>
コーチ屋とは、公営競技の施行場内外や場外投票券発売所で、投票券に関する自分の予想を教えたり買い目を指示するなどの行為を装い、
客から金を詐取することを行う者を指す。

場内にいる場立ちの予想屋はその場の主催者が公認しているが、コーチ屋は非公認であり、詐欺罪で検挙された例もあるという。
古典的手法

手口の代表的なものとして、施行場内外にいる客に「今日は儲かっている」などと話しかけ(その際に札束などを服のポケットから、いかにも勝った金のように見せる)、興味を持った客に投票券の買い目を教える[2]。

買い目を教えてもらった場合、そのコーチ屋はその客をマークしていて、もしその買い目が当たった場合はどこからともなく現れ、配当金からコーチ料と称する金を請求する[2]。外れた場合は知らんふりをし、後刻出くわしてしまったときには「買ったのはあなたの自己責任だ」などといってとぼける。確実に儲けるため、複数の客に別々の買い目を伝えることもしばしばある。

なかには「私が買いに行ってあげよう」などと言って客から金を預かったふりをしてそのまま逃げてしまうこともある。
コーチ屋詐欺ともいわれる。
検挙に至った悪質なコーチ屋はグループで「誘い役」「サクラ役」「先生役」「金の貸し役」といった役割分担をしているという。
コーチ料を取る代わりに投票券の資金を立て替え(ただし代わりに投票券を買いに行くふりをするだけ)、あとで強引な取り立てを行う。
注意喚起ではコーチ屋は「悪質なサギ集団」「暴力行為の常習者」と断じられている。

選手や馬主、調教師など公営競技の関係者の名を騙り、客に近づき「確実な情報だ」「八百長レースがある」などと声をかける。
投票券を購入させ、当たった場合、予想代金を請求する。
外れた場合は行方をくらます。

近隣諸国との文化交流の潮流を

2017年11月16日 06時50分11秒 | 社会・文化・政治・経済
今いる場所で社会貢献の一歩を
世界平和のために、あなたは何か行動しているか
平和は<目前の友情>から
日頃から<感謝の心>を言葉や行動で表しているか
近隣諸国との文化交流の潮流を
青年が社会問題に対して積極的に声を上げ、議論を
自分に何ができるのかと知恵を絞る
人類を断じて不幸にさせないという先人(師)の魂を継承していく
進んで人に尽くせる自分へ
使命の自覚が挑戦の一歩に
戦う心に勇気と活力が
目指すのは<生命の変革>

人は使命を果たして死ぬのだ

2017年11月16日 06時12分54秒 | 沼田利根の言いたい放題
人間にとって、使命に生きることほど尊いことはない。
与えられ使命もある。
また、自ら進んで担う使命もある。
何のために生まれてきたのか。
何のために生きるのかを知らない人生ほど、むなしいものはないだろう。
ここには果たすべき使命の自覚がない。
人は使命を果たして死ぬのだ。
自殺を考える人は、使命が見つからないのだと想われる。
使命とは、命を自覚的に使うことである。
それは人間に与えられ任務である。

使命を果たすために、心(生命)をまず鍛える。

11月15日(水)のつぶやき

2017年11月16日 03時29分29秒 | 医科・歯科・介護

詩人の怠惰

2017年11月15日 16時05分49秒 | 社会・文化・政治・経済
人口に膾炙した「コペルニクス革命」
膾炙とは周知-広く知れわたっていること。
地球中心説(天動説)
太陽中心説(地動説)
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「私はあえて詩人の怠惰を責めたい。実際に、1956年の日本で、詩を書いて食っている詩人はいない。それが詩を孤立させている理由にほかならない」
詩人・谷川俊太郎さん
詩人の貧困を当たり前とする姿勢が、実は詩の貧困になでつながっているのではないか-と問題指摘し、現代詩に苦言も呈した。

また、抽象的過ぎる詩、つまり分かりにくい詩は、読者から遊離していくのではないかと。
一方、作詞は曲を付けて売れて、作詞家は貧困ではなくなる。
ある意味で皮肉でもある。
理想は、皆が歌いたくなる作詞であり作曲である。沼田利根

偶然にも馬券が的中

2017年11月15日 15時17分50秒 | 創作欄
場で牛の内蔵を収集する。
資源開発の名目で、牛の内蔵を飼料として加工し、再利用する。
農協の中にはそのような仕事もあったのだ。
木村徹の父親晋三は、集金業務のために品川方面にあった場へ出向き、その日の集金を終えた。
晋三の耳に<悪魔の誘い>が蘇る。
「大井競馬場に来なよ」
大井町の酒場で出会った村田という競馬のコーチ屋である。
「私にも、幸運が巡って来たかも知れない」半信半疑ながら、村田という得体の知れない男のダミ声に誘引されてしまったのである。
晋三は過去に大井競馬場に何度も足を踏み入れていた。
「世の中には、裏があるだろう。極限られた人にだけ馬主や廐舎関係者の極秘の情報も流れるだろう」
そのようなことを晋三は単純に想いながら競馬場に電車で向かった。
競馬のコーチ屋は目ざといもので、10分もしない内に声を掛けられた。
「社長、来んだね」鋭い目つきが緩んでいる。
「ああ、仕事中だけど来てしまったよ」晋三は後ろめたさから、周囲を見回した。
顔見知りに会わないとも限らない。
「次の5レースだけどね。2枠から買いなよ。親しくしている馬主の馬だ出る。勝負がかかっていて馬主も来ている」
新聞で確認すると、無印であった。
「人気を落として置いて、今日が勝負さ。分かるだろう」
確かに、1番人気で、5着、7着と2度負けが続いている。
この日は、各上の馬が2頭出走しているので、さらに人気を落として5番人気であった。
コーチ屋は姿を消した。
別のカモを探しに行ったのだ。
いい加減な情報を10人に流すと誰かが馬券を的中させるかもしれないとの胸算用である。
的中したら情報料として、半額か3分の2をせしめる魂胆であった。
偶然にも晋三が買った2-8の馬券が的中したのである。
7630円の配当で3000円も買っていた。
「社長、オメデトウ」
払戻場に張り付いていた村田が背後から声を掛けた。
そして、強引に紙幣の約半分をもぎ取るようにしたのだ。
有無を言わさぬ強引さであった。
晋三はその日は次のレースには手を出さず、逃げるように大井競馬場を抜け出し、新宿の農協へ戻って行く。



ネットで心開く若者

2017年11月15日 14時25分19秒 | 沼田利根の言いたい放題
匿名性の高いネットの世界。
それなのに、知らない人に会いに行く。
街中で見知らぬ人に声をかけられ、抵抗なく着いて行くだろうか?
だが、着いて行く人もいるから、事件に巻き込まれる。
大久保清の連続殺人がそのことを物語っていた。
相手に悪意があれば、同じである。
何時の時代も<悪意は偽装できる>のだ。
問題は、警戒心というより、<想像力>の欠如である。
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「一方で若者たちは、ネットで心を開きがちだ。短期で多くの犠牲者が出た理由でり、ネットとの距離感を教えなければ、同様の事件が続くおそれがる」
新潟清陵大学教授・碓井真史(まふみ)さん
今ほど容易に標的を見つけることができる時代はない-と指摘する。




<命>が最優先される社会に

2017年11月15日 12時22分07秒 | 社会・文化・政治・経済
人は生きているだけで価値がある。

<命>が最優先される社会に。

<高齢者の運転は危ないのか?>
統計から見れば、高齢者の事故より、若い世代の事故が多い。
メディアで派手に高齢者の運転は危ないから、免許証を取り上げても仕方がない-という論調が広がっている。
これはとんでもない暴論だ。
統計を調べると、現実は依然として高齢者よりも、若い世代の事故率の方が高い。
また、年を取るとブレーキとアクセルを識別できなくなうような誤解が広がっているが、大きな原因は慌ててしまうから。
これは加齢にかかわらず、誰でも起こり得る現象だ。
老いをポジティブに捉える<新しい哲学おようなもの>が必要だ。
若い世代は、核家族化が進んだ時代に生まれ、お年寄りと生活したり、触れ合う機会がない。
<リアルなお年寄り>を知らないで、ニュースやメディアに登場する高齢者が、お年寄りのイメージの典型になっている。
若者とお年寄りが交流できる場が、もっと必要だ。
若い人には、<今>を一生賢明に生きることが大切。
でも、<今のことだけ>を考えるのはやめよう、と伝えたい。
精神科医・和田秀樹さん

大井町の酒場

2017年11月15日 11時47分08秒 | 創作欄
木村徹が競馬を覚えたのは29歳のときである。
ギャンブルで不祥事をおこした父親の過去を忘れることができない。
大手企業の関連会社に勤務していた父の晋三は徹が10歳の時に、人員整理の対象となり退社を余儀なくされた。
それが転落人生の引き金となる。
その後の生活の糧になるはずだった退職金を競輪、競馬に注ぎ込んでしまった。
当然、夫婦喧嘩が絶えない家庭に陥る。
子どもの前で、父親に向かって「死んでしまえ!」と罵る母親の鬼の形相を見て徹は幻滅する。
父親は心が優しく、幼児の頃から本を読み聞かせてくれたので、母親より父が大好きであった。
母キクは婦人雑誌などを読んでいたが、一度も本を読んでくれないばかりか息子の甘えを許さないような頑なさがあった。
厳しく育てることが賢母である、と思い込んでいたのだ。
江戸時代か明治時代の母親像を本んなどで知り、それを丸噛じりしたようであった。
夫に対する良妻像をも実践してきたのに、それが脆くも崩されたので怒りが収まらない。
徹は必然的に母親のような女性を敬遠してきた。
だが、父親に対しては侮蔑する感情が涌かなかった。
父親の6度目の就職先は農協であった。
東京都内にも農家があり、農協があったのだ。
その頃は父親のギャンブルは収まっていたが、残り火が存在していたのだ。
居酒屋で隣合わせをした男が、いわゆる競馬のコーチ屋であったのだ。
「明日、大井競馬場に来なよ。儲けさせてやる。俺、場主や廐舎関係者と昵懇なんだ。今日は俺のおごりにさせてくれ、どんどん飲みなよ」
大井町の酒場であった。
流しの歌手がやってきて、「村田さんお願いします」と男に声をかけた。
男は、古賀政男の曲を3曲流しに歌わせた。
歌好きの父親は、男の勧めで流しのギターで1曲歌った。
「社長、歌うまいね」とコーチ屋の男は上機嫌となった。