今日の「お気に入り」は、吉田兼好「徒然草」第九十三段から。
「『されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しびを忘れて、
いたづがはしく外の楽しびを求め、この財を忘れて、危く他の財を貪るには、志満つことなし。生けるあいだ生を楽し
まずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人みな生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざ
るにはあらず、死の近きことを忘るるなり。もしまた、生死の相にあづからずといはば、実の理を得たりといふべし』
と言ふに、人、いよいよ嘲る。」
作家の中野孝次さんの現代語訳は概ねこうです。
「『だからだ、人がもし本当に死を憎むのなら、生きてある今を愛せよ、というのだ。いのちあって今を生きているこの
喜び、これをこそ毎日楽しまないでどうする。ところが愚かな者は、この最高の喜びを忘れて、骨折ってわざわざそれ
以外の楽しみを求める。生きてあるというこの自分に備わった財(たから)を忘れて、危険をおかしてわざわざ自分の
外にある財を求めるが、そんなことをして欲望の満足する時のあるはずがあろうか。生きているあいだ生を楽しまない
で、もう死ぬという時になって死を恐れる。こんなバカらしい話があろうか。人がみな生を楽しまないのは、死を恐れ
ないからだ。いや、死を恐れないのでなく、死が近いことを忘れ、自分はそうすぐには死なぬと思っているからだ。
しかしまた世の中にはひょっとして、自分は生死というような境界は超越しているという者もあるかもしれない。その
人は本当の悟りを得ている人と言うべきだ』と言ったところ、人々はますます嘲った。」


