今日の「お気に入り」は吉田兼好「徒然草」第百五十五段から。
「生・老・病・死の移り来ること、また、これに過ぎたり。四季はなほ定まれる序あり、死期は序を待たず。
死は前よりしも来らず、かねてうしろに迫れり。人みな死あることを知りて、待つことしかも急ならざるに、
覚えずして来る。沖の干潟はるかなれども、磯より潮の満つるがごとし。」
作家の中野孝次さんの現代語訳はこうです。
「だが、人間の生れる、老いる、病気にかかる、死ぬこと、すなわち生老病死の移り変るさまの速いことといったら、
これは自然の季の変化どころでない、もっともっと迅速だ。なぜなら、四季にはなんといっても春夏秋冬というきまった
順序がある。変化は速いといってもその順序に従って行われる。が、人間の場合、死はそんな順序などにかまわずいきなり
やってくる。しかも前からやってくるとばかりは限らない。後からだってやってくる。人はみな自分もいずれは必ず死ぬ、
人間は死ぬべき存在だということは知っている。が、大抵は誰も、自分の死ぬのは今日明日のことではないと思いこんでいる。
死がそんなに急にやってくるとは思っていないものだ。ところが死は、そんな人の思惑をこえて、いきなりそこにやってくる。
その死のやってくることの急なことはちょうど、沖の干潟はまだはるか向うまで水につらなっていないから、潮のくるのは
まだまだ先のことだなと思っていると、沖の干潟は変わらないのに、なんと自分の背後の磯のあたり、はやもうみるみる潮が
満ちてきているようなものだ。」