「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・11・07

2007-11-07 08:50:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「私は名前というものは、一代限りだと思っている。あれほどの名声も、死ねばそれきりであること妙だと思っている。ずいぶん有名な作者も、死ねばその日から本が売れなくなる。」

 「有名というものにはそういうところがあって、現在只今有名だということが有名だということなのである。三十年前、十年前、一年前有名だったということは、何事でもないのである。」

 「そんなに面白い作品なら、作者が生きていようといまいと関係なく面白いはずである。作品は作者から独立すると、作者は思いたいから思う。作品は不朽で、死後も遺ると思いたいから思う。ごく稀に死んでからも売れる作品があるからそう思うのは無理もないが、作者は死ぬと同時に読者を失う。流行作家ならおびただしい読者を、あっというまに失う。
 読者は作者の遺体が、つめたくなると同時に去るから、蚤に似ている。」

 「どうしてたいていの作者は、生きていなければ、作者であることが出来ないのだろう。生きてどこかで呼吸して、飲食していなければ、読んでもらえないのだろうと、かねて私は怪しんでいる。そしてそれは役者や歌い手は、死んだらそれきりだということに似ていると気がついた。
 死んでしまった役者を見物することは出来ない。音羽屋ッ、成田屋ッと声をかけてやることは出来ない。去って他の役者を見物し、その贔屓になるよりほかない。
 芸人にかぎらず、死んだ人とはもう話が出来ない。触れあうことが出来ない。所詮この世は生きている人の世の中である。」

   (山本夏彦著「笑わぬでもなし」文春文庫 所収)
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